段ボール箱に詰まったフィルムをお預かりすると、中からオーディオ用磁気テープ(いわゆるオープンリール)が顔を出すことがあります。小会の設備では、以前はこうしたテープを聴くことすらできませんでした。どうにかならないものかと考えていた頃、BBC=英国国営放送制作の「アルケミスツ・オブ・サウンド(音の錬金術師)」という番組を見て、ミュージシャン兼サウンド・アーキビストとして活躍するマーク・エアーズの「お手柄」を知りました。
先鋭的な電子音楽研究所、BBCレディオフォニック・ワークショップ(1958年設立、以下RW)をご存知でしょうか。当時の映像には、解体したピアノ、ほうろうのランプシェード、日本の木魚に銀のスプーンなどが奏でる音をテープに記録し、回転速度を変えたり逆回転させてみせる研究者らの嬉々とした日常が記録されています。彼らはミュジーク・コンクレート直系のアーティストでもあり、ここで生まれた作品は各地方ラジオ局のオープニング・チューン、時報、教育映画/科学ドキュメンタリーのエフェクトなどに使用され、当時の視聴者(とりわけ子どもたち)に未来を告げる音となりました。
RWの才気溢れる面々は、シンセサイザーの登場と共にBBCから姿を消していきます。今や音づくりのすべてが1台のPCにおさまる21世紀。しかし人気SFシリーズ「ドクター・フー」を手掛けたデリア・ダービシャーを筆頭に、当時のRWの仕事に対する賞賛の声は高まるばかりです。ちなみにケンブリッジ大学を卒業したダービシャーは、時のデッカ・レコードへの就職を「女であること」を理由に断られたそうです。そのような社会的背景もあってか、RWでは「公務員」として多くの有能な女性がサウンド・エンジニアとして活躍しました。
BBCは過去に一度「1983年以前のすべての音源を廃棄する」決断を下したそうです。しかし幸い誰も廃棄業者に電話することはなく、テープ群は社屋の片隅で息を殺し、専門教育を受けたアーキビストの登場を待ち続けました。その後マーク・エアーズがついに登場し、彼の手によって無事救済(データベース化)され、視聴覚資料としての名誉回復を果たしたのですから、これも一つの奇跡と呼べるのではないでしょうか。
優れた音質を追求し、1960年代にはじめて35ミリフィルムにレコーディングをしたミュージシャンがイノック・ライトです。その一方でNY在住の恩田晃のように、今もカセットテープを使う気鋭のミュージシャンがいます。アナログ方式の磁気テープは映画フィルム同様脆く、長期保存は困難という印象がありますが、マーク・エアーズが慣れた手つきでテープを扱い、鮮明な音を再生している様子からすると、意外と頼もしいメディアなのかもしれません。「NHK電子音楽スタジオ」や「実験工房」のテープ音楽も「日本のマーク・エアーズ」の手によって、きっとどこかで手厚く保護されているのでしょう。地域や家庭に眠るフィルムに付随する音の保存は、今後の小会の課題になりそうです。(K)
参考:
ALCHEMISTS OF SOUND (BBC4/2005年5月放映)
デリア・ダービシャー ホームページ (英語)
BBCレディオフォニック・ミュージック (ASIN: B00006LEPG)
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