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過去が未来を作る--戦前に語られた「映画保存」

調べ物をしていて、ある文章を目にした。

『日本映画』第28巻(昭和十八年五月號)に掲載された『古典映畫の保存』という短いコラム。筆者は漆山光子、肩書きは「劇作家」とある。漆山さんは上野に美術展を見に行き、名画を熱心に見る若者を目にしながらこう思う(以下、引用原文は旧漢字)。

「絵画が保存される程度に、映画も保存出来たらいヽのに」。

幼い頃に観た映画がなぜ、今観られないのかという単純な問い。

「幼ない時観た映画だけは、まるで一度みた夢が、何処かに去つてしまつたように、手を延ばしても空しいのだろう」

漆山さんはこのコラムの中で、子供の頃に映画館で観た『カリフの鶴』(1927年、ドイツの影絵映画)や『血と砂』(1922年、ルドルフ・ヴァレンチノ主演)などを述懐し、それらの映画が小さい頃の自身にどのような影響を与えたかについて述べている。そして、他の人に話したい、観てもらいたいと思いながらも、「何処にあるのか解らない。いまは何処にもないのかもしれない」と書き、古い映画の幾つかが早稲田大学の演劇博物館にあると聞くも、映写して観ることができないだけでなく、

「写したところで雨だらけの大変なフイルムであると聞く」

と述べている。早稲田大学に映画が保存されているという話は、当時の世の中では、それなりに知られた話だったのであろうか。それとも、漆山さんは劇作家であったから知っていたのだろうか。

「残して置きたい映画は、星の数程ある。それらの星の一つ一つを、雨だらけになどせぬように保存して、時には適当な方法で公開するための事業が起こらないものだらうか(略)“映画芸術館”とでも名付けて、その館内の倉庫には、幾十もの棚に、幾千ものフイルムがぎっしり並んでゐる。そして、目録の一つ一つは、順繰りに公開されて、一度みた名画を再び観たい人や、見逃したものを観たい人の希望を果たしてくれる。思つたゞけでもなんと楽しいことだろう。」

このコラムを目にした時、私は多少の驚きを感じた。漆山さんの考えを進歩的だとか、先見性があったなどということではない。欧米では戦前すでに、映画を芸術品として保存するという考えが存在していたが、日本ではまだそういった考えはほとんど浸透していなかった。そんな時代に、映画監督や製作会社の社員といったいわゆる“映画畑”以外の人が「映画の保存と公開」に言及していたことに驚いたのである。

映画の保存を支えているのは意外にもこうした“映画畑”以外の人なのかもしれない。さまざまなウラ事情を知ると、映画保存とはかくも険しき道なのかとため息が出ることがしばしばだ。フィルムという美しく魅力的なお嬢さまは、技術(メンテナンス)や経済(お金)が絡むとやっかいな魔物に変身する。

現在、1本の映画を保存することは(さらに復元などが加われば)手間暇ばかりか、多くの予算が発生する。そして、何よりも大きな障碍となっているのが、デジタルの波にもまれて忘れ去られていくフィルムの魅力。映画事情に詳しければ詳しい人ほど、その保存がいかに大変なのかを知ることになるだろう。

一方で、映画やフィルムの保存を訴えるイベントなどに集まる人々を見ていると、もちろんその中には映画畑の方や映画を学ぶ学生などが多いのだが、「昔観た映画が懐かしくて」「フィルムをもう一度使ってみたくて」といった“普通の人”が多いことに気づく。映画やフィルムについて、何だかよくわからないが、単純に「好き」という人々が熱心な視線を送っていることにも。こうした人々が、実は映画保存を底から支えているのだ。

とすれば、やはり映画保存を続けるためには、保存することの重要さを広く、わかりやすく説くことが必要となってくる。フィルムの美しさ、丈夫さ、そして何よりも昔作られた映画を我々が築き上げた大切な遺産として、次の世代へ引き継ぐこと――これらをどうしたら上手く伝え、関心を持ってもらえるのか。

「過去を思うことが未来を作る」という一見当たり前のセオリーは、当然映画の世界でも通じる。しかし、この単純で明快な考えが日本ではなぜ広がらないのか。ぜひみなさまからもご意見をうかがいたい。

(天野園子)

漆山光子『古典映画の保存』は、ゆまに書房、牧野守監修「資料・〈戦時下〉のメディア 第1期 統制下の映画雑誌」シリーズの『日本映画』第28巻に掲載されています。

初出:映画保存協会メールマガジン『メルマガFPS』Vol.17(2006.10.31)

Language: English

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