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フィルムコレクター・安部善重

2005年2月9日、伝説のフィルムコレクター・東大阪市の安部善重氏が亡くなり、毎日新聞にて「「アリラン」見つかるか・東大阪・伝説の収集家死去」として大きく報じられました。映画を愛し、その保存に尽くしたといわれる安部氏のご冥福を心よりお祈りいたします。安部氏の遺した作品の所在・内容には謎が多く、FPSメンバーも安部氏とのコンタクトをとりながら真相解明を目指してきましたが、今後は文化庁およびフィルムセンターが主導となる本格的な調査によって明らかになると思われます。

安部さんのこと

安部善重氏(2002年撮影)映画人の間でも知る人ぞ知る伝説のコレクター・安部善重さんが9日、81歳で亡くなりました。毎日新聞(2005年2月11日)が報じているところによると、安部さんは長らく病床にあり、病院で息をひきとったそうです。

毎日新聞の記事では、安部さんのコレクションの中でも特に朝鮮映画『アリラン』(1926)に焦点があてられていますが、安部さんが映画ファンの間で「伝説」となったのはむしろ、現在失われたといわれている数多くの日本映画のうちそのほとんどを所有しているという噂によってでした。日本の無声映画の残存率は、はっきりしたデータはありませんが10%にも満たないであろうといわれています。つまり100年にわたる日本の映画の歴史のなかで、いま私たちが実際に映像に触れることのできるのはそのほんの一部に過ぎないのです。ところが失われたとされる90%のうち、安部さんはそのほとんどを所有していると自ら称していました。歴史の巨大な余白を、たった一人で塗りつぶしてしまうような「闇」、そんな「偉大なる闇」が安部さんでした。

安部さんの言葉をそのまま信じるには「闇」は途方もなく大きすぎました。あまりにも大きな出来事に出会うと、人間はそれが事実であってもなかなか受け入れられないといいます。しかも安部さんはめったに自分のフィルムを他人に見せようとはしませんでした。噂に彼を知る人たちは、安部さんのコレクションが世に出ることを期待する反面、個人でそんなに古いフィルムをもってちゃんと保存できるはずがない、ひょっとしたら彼の言うことは大ぼらか誇大妄想ではないかという疑念にもとらわれていました。

2002年秋、私はその真相を確かめるため、ビデオカメラを片手に東大阪の自宅に安部さんを訪ねました。薮の中にたたずむぼろぼろの屋敷に安部さんは奥さんとふたりで暮らしていました。家電や骨董などフィルム以外のコレクションが庭先からずっと部屋の入り口にまでぎっしりと積まれ、そのすき間をぬって上がると、「伝説のコレクター」は着流し姿に笑顔で出迎えてくれました。通された部屋は六畳間でしたが、わずか一畳分ほどの空間を残してあとは畳の上から天井までぎっしりと物が詰め込まれています。その部屋の奥には大名時計の部屋、そしてその奥にもさらにいくつか部屋があるといいますがまったく見通せません。もっともここ以外の部屋はどれもすっかり物に埋めつくされてしまっているようです。「飽和状態ですわ」と安部さんはなんだかうれしそうな顔で困ってみせました。

屋敷を見回したところフィルムの山はどこにもないようでした。映画フィルムは劣化しやすいので、温度湿度管理の行き届いた倉庫に保管してあるとのこと。たまたま16ミリフィルムが一本だけ安部さんの手元にありました。私が見た「安部コレクション」はそれだけです。安部さんはそのかわりに分厚い所蔵目録を見せてくれました。ここまでは誰にでも見せてくれるのです。そしてそのとき私はおそらくここを訪ねただれもが思ったのと同じように、ほんとうに世界がひっくり返えるほどに驚きました。目録には、もうとうの昔に消失してしまったはず名作のタイトルが何ページどころか何冊にもわたってずらりと並んでいたのです。しかも一部はオリジナル・ネガ(!)を所有しているといいます。もちろん『アリラン』もその中にありました。世界まではいかずとも、世界の映画界はひっくり返ってしまうでしょう。「これがぜんぶ本当に世に出たら大変なことになりますね」と興奮して言うと、「ひとつよい言葉を教えましょう。『大きな話はホラ話』ですわ」と笑顔でぐさりと刺されました。

けっきょくこの日、安部さんが本当に「伝説のコレクター」なのかはたまた「伝説」に過ぎないのか、私には確かめることができませんでした。その後何度か手紙のやりとりをし、お宅を訪ねたことはありましたが、とうとうお会いできないままに終わったのは本当に残念です。私が最後に出したFPS設立を知らせる手紙に果たして目を通してくれたのか、それももうわかりません。私が知っている安部さんは飄々としたユーモアあふれる紳士といった一面でしたが、ある人は冷徹な商売人であったといい、またある人は日本の裏社会に関わりのある人物であったといいます。いずれにせよ、さまざまな矛盾や謎を秘めながら、ひとつの歴史を個性的に生き抜いたひとりの人間として、もっと安部さんのことを知りたかったと思います。

毎日新聞の記事によると相続人のいない安部さんの膨大な遺品(フィルム以外のものも?)は国庫に納められ、フィルムに関しては東京国立近代美術館フィルムセンターが調査に乗り出すことに決まったそうです。5万本、120トンに及ぶ膨大なフィルムがもし本当に出てくれば、映画史の「闇」に光をあてるこの巨大プロジェクトは、調査だけでも数年、補修や復元も含めると何十年にもわたるものになるでしょう。私たちFPSとしても、何かしら関わることができればうれしいです。

最後に、FPSメンバーのルールのひとつに「調査・復元のために一時的に預かる場合を除いてフィルムを収集・所有しない」というものがあります。これは私たちの役割をコレクターやアーカイヴと明確に分けるのに加え、フィルムは私有物ではなく公共の文化財として広く社会に共有されるべきものであるという考えが反映しています。その意味で安部さんたちフィルム・コレクターのあり方と私たちの考えは矛盾するように思えますが実際はそうではありません。私たちの考えはあくまで映画を文化とし、フィルムを文化財とする思想の上に成り立っています。しかし安部さんたちはそんな思想のできるずっと前から、見世物の道具にすぎなかったフィルムを、社会の無関心をよそに私財を投じて黙々と守りつづけていたのです。コレクターの無償の努力に敬意を払うとともに、その努力を無駄にしないためにもこれからは社会全体でフィルムを守っていかなければなりません。私たちの取り組みがほんものかどうか、安部さんはきっと厳しい目で見守ってくださると思います。

とはいえ「大きな話はホラ話」。あまり大きなことをいうと安部さんに笑われそうなので、まずは目の前の小さなことからこつこつ取り組んでいきましょう。(永野武雄)

果たして「安部コレクション」は実在するのでしょうか。FPSでは今後とも安部氏の遺した謎についての情報をお届けしていきます。

2005年9月18日

朝日新聞2005年9月8日夕刊に『「秘蔵」映画の数々、中身は?』として、フィルムセンターによる安部コレクション調査の中間報告が報じられました。記事によると「全容がわかるのは数年先」だが「現段階の調べでは、どうもうわさされてきたような派手な中身ではなさそうだという」ことです。その中身の「大半は記録映画」で、噂の『アリラン』その他幻の映画たちを期待するのは難しいとフィルムセンター主任研究官のとちぎあきら氏は見ています。しかし「自宅以外の保管場所がある可能性は否定しきれない」以上、今後何かが出てくる可能性はゼロではないでしょう。少なくとも安部さんの謎が記事になったことで映画保存の大切さがメディアを通じて広く伝えられたのですから、「大きな話はホラ話」だったかもしれないにせよ、安部さんは映画保存にちょっとした石を投じたのです。続報を刮目して待ちましょう。

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