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2011年9月、ドイツのフランクフルトで開催された国際音声・視聴覚アーキビスト協会(IASA)の年次会議に参加した。IASA会議自体については場を改めるとして、本レポートでは、この会期中に見学を許されたドイツ映画協会(Deutsches Filminstitut, DFI)およびドイツ映画博物館(Deutsches Filmmuseum)を手短に紹介したい。ドイツは個性豊かなフィルムアーカイブが各都市に発展する分散型の好例で、東西ドイツ統一後に4団体を統合して生まれた連邦資料館フィルムアルヒーフ、高い芸術性を誇るベルリン映画博物館のほか、ボン、デュッセルドルフ、ポツダム、ミュンヘン等に本格的な映画博物館がある。そしてユーロ圏の金融の中心と紹介されることが多いフランクフルトも例外ではない。
尚、ドイツのフィルムアーカイブ事情全般に関しては、東京国立近代美術館フィルムセンターのニューズレター第40〜45号(2002〜2003年)に連載された入江良郎氏による「ドイツの映画保存 ①〜⑥」が詳しい。
IASA会議の施設見学先として用意されていた地元の放送局など複数の選択肢の中から、筆者は1949年設立のドイツ映画協会(DFI)を訪れた。2006年にドイツ映画博物館と統合されたばかりのDFIは、戦前からの映画関連書籍、雑誌、新聞の切り抜き、上映プログラムなど、ドイツ映画史研究に欠かせない一級のノンフィルム・コレクションを所蔵している。元は映画博物館と同じ建物の一角に置かれていたコレクションだが、大掛かりなリニューアルで展示スペースが重点的に拡充され、従来の収蔵スペースが失われてしまったため、現在は国立図書館に移されている。しかし結果的には、以前よりずっと理想的な保存環境になったようだ。ただし、映画ポスターやスチル写真などは同所に集約しきれず、ロケーションは複数にまたがっている。そのため、アクセス提供の際は事前連絡を受け付け、研究者が無駄に移動せずに済むよう資料を国立図書館に取り寄せている。映画関連資料は著作権処理が難しく、コレクション全体のデジタル化とその公開が即時に実現する見込みはない。仮に権利がクリアできても、本格的なデジタル化のための人材や資金が潤沢なわけでもない。しかし、研究者に少しでも多くの現物資料へのアクセスを無償で提供したいという職員の思いは、言葉の端々から伝わってきた。海外からの問合せにも積極的に応じているという。
統合されたのはDFIとドイツ映画博物館だけではなく、フランクフルトの文化・芸術系の収集保存機関の多くが、人員削減を伴って同時期に大幅再編されたようだ。DFI/ドイツ映画博物館館長とヨーロッパ・シネマテーク協会(ACE)会長を兼任するクラウディア・ディルマン氏の活動は精力的で、「European Film Gateway」(ユーロ圏のフィルムアーカイブがデジタル化した映画資料をオンラインで提供するプロジェクト)にもドイツから唯一参画している(2011年9月現在)。美しく整備されたマイン川沿いは文化施設がずらりと並び、観光客にとっても住民にとっても憩いの場となっているが、映画博物館はこの並びの中でもひときわ優雅な外観を誇っている。リニューアルされたばかりの内部の公開スペースには、ちいさなカフェ、毎日何らかの映画が上映されている劇場、ミュージアムショップ、そして3つの巨大な展示フロアがある。この展示フロアは「プレシネマの歴史」と「映画製作の仕組み」という二つの常設展および一つの企画展から成り、常設展を一巡すれば子どもから大人まで、予備知識なしでも画が動いて見える仕組みを理解し、映画製作の舞台裏を体験することができる。しかし映画フィルムの現物がここに保存されているわけではない。急な申し出にもかかわらず、郊外のフィルム収蔵庫の見学の機会を得ることができたのは幸運だった。
フィルム収蔵庫を従えるフィルムアーカイブ部門があるのは、フランクフルトから近距離列車で30分ほどかかる郊外の町、ヴィースバーデンだ。かつては保養地として知られていたという。駅を降りてさらに15分ほどバスに揺られると、高級住宅街を抜けてやや殺伐としたエリアに出る。ここまで来ると、雰囲気は国立近代美術館フィルムセンターの収蔵庫がある相模原近辺に少し似ているかもしれない。DFIとの統合時やそれ以降に多量のフィルムが移管され、それらはほとんど手つかずの状態で、収蔵庫の中に置かれたままになっている。湿温度は制御されていても、決してベストの環境とはいえない。天井が高く、日本では考えらえないほど高位置にまでフィルムが積まれている(この画像よりさらに高い棚がある)。まだインスペクションを終えていないフィルムの一群、十分とは言えないフィルムアーカイブ部門のスタッフ数…… 映画保存学の修士コース等からインターンを受け入れるにはむしろ格好の条件ではないか、これだけの量では評価選別も避けられないだろうか、といった雑談を交わしながら、隈無く内部を見せてもらったが、一般公開施設として艶やかに演出されている映画博物館の展示フロアとはあまりに対照的だった。衝撃が大きかったのは、何の根拠もなく完璧な収蔵施設を期待していたせいもある。ドイツの視聴覚アーカイブ活動が充実していることは間違いないものの、こうして実際に収蔵庫を訪れてみると、恒常的な悩みは日本のそれと大差ない。デジタル化が叫ばれる一方で、世界中のそこかしこで山と積まれた映画フィルムと格闘するフィルムアーキビストの姿が重なり合って目に浮かんだ。
フランクフルトの文化施設の中でほかに書き添えておきたいのは、映画博物館と同じくマイン川沿いにある「コミュニケーション博物館」だ。ナム・ジュン・パイクの立体作品が入口を飾るこの博物館では、テレビ・ラジオ、電話、郵便、インターネットといったテーマ別に歴史遺産の現物展示を楽しむことができた。またフランクフルト現代美術館の分館には、日没後の暗闇の中でしか見ることのできないオラファー・エリアソンの「light lab」が展示されており、川面に映えるそのオレンジ色のあたかい光を離れるのは名残惜しかった。手で掬い取って差し出すことのできない光の芸術としての映画の魅力を、言葉だけで伝えることはいつも難しい。このデジタル時代になぜ映画フィルムを残すのか。難しいだけに挑戦しがいのある領域であることを改めて教わった気がした。
フランクフルト滞在にあたっては、IASAよりトラベル・グラントをいただきました。また滞在中は、ブリギッタ・パウロヴィッツ(スイス・レト社)とアンケ・メボルド(ドイツ映画博物館)の助力を得ました。記してここに感謝いたします。2012年のIASA会議はインドのニューデリーにて10月6日〜11日に開催されます。ホストは米国インド学研究所(AII)のThe Archives and Research Centre for Ethnomusicology、テーマは「The Transition: Access for All」です。石原香絵(2011.09.30)
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