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(試訳)「歴史の新しい情報源: 歴史的な映画のための保管場所の創設」

日本語版作成:2012年2月、改訂:2013年7月

1898年3月25日付のフランスの新聞フィガロに、”Une nouvelle source de l’histoire du cinéma – Création d’un dépôt de cinématographie historique”と題する投稿記事が掲載されました。書き手はポーランド出身のボレスワフ・マトゥシェフスキ Boleslas Matuszewski。彼は世界で初めてフィルムアーカイブ設立を訴えた人物として、今日フィルムアーキビストのあいだで広く知られています。以下は、『Film History』に掲載された英訳 “A New Source of History”(*)を日本語に訳す試みです。随時改訂していく予定ですので、ご助言等いただけましたら幸いです。原文(フランス語)をご提供することも可能です。

* “Film Preservation and Film Scholarship”. Film History. Vol. 7, No. 3. Indiana University Press, 1995., pp. 322-324.,(Marks, Laura U., Koszarski, Diane ed.).

歴史の情報源としての動く写真の位置付け

歴史学を助けるものだからといって、表象/図版の添えられた記録資料(ドキュメント)のすべてが博物館や図書館に居場所を見つけられるわけではない。版画、メダル、陶芸、彫刻等が収集・分類されている一方で、(例えば)写真には特定部門が用意されていない。実際のところ、写真の添えられた記録資料(ドキュメント)が特筆すべき歴史的な重要性を有していることは稀である。そして何より写真は、あまりにその数が多過ぎる。時代ごとに影響力を放った人物の肖像写真であれば、いつかはシリーズ分類されていくのであろう。しかしそれだけでは単に過去を振り返る作業に過ぎない。なぜなら、ここからは未来に向けてさらに踏み出すかどうかを問題にするからである。実のところ、〈映画の博物館〉あるいは〈映画の保管所〉をパリに創設するという着想は、既に官界からも好意的に受け入れられている。

映画のコレクションの必要性は、初期には限定的かもしれないが、映画撮影者の好奇心の対象の推移とともに次第に成長していくことが予想される。つまり、ただ面白くて風変わりなだけの場面から、記録として重要な行為や光景へ、そして人生の微笑ましい断片から、市民生活および国民生活の断片へと推移することによって、動く写真は単なる気晴らしとしての位置付けから、過去を学ぶ方法の一つへと昇華し得るはずである。いやむしろ、映画によって過去を間近に見られるようになるのだから、少なくとも特定の重要な期間については、詳しい調査や学習の必要すらなくなってしまうかもしれない。

加えて、動く写真は極めて効果的な教育法ともなろう。議会の審議の多かれ少なかれ煽動的な側面、国家元首たちが顔を揃える条約締結の会議、陸海空軍の出征、あるいは流動的な都市の景観の変遷さえも、教室で動く映像として正確に映写できるようになったら、若者向けの本に書かれている曖昧な記述をどれほど葬り去ることができようか。しかし、歴史を教えるための情報源としてこのような頼みの綱を得るには、それなりの時間の経過が必要である。その場で目撃しなかった人々の眼前に、後から歴史を披露するために、我々はまず歴史の写実的な表出を蓄積しなくてはならない。

ここで一つ難題が待ち受けている。歴史的な出来事は、期待通りに起こるとは限らない。歴史が計画通りの儀式だけから構築されるようなことはあり得ないし、ましてやお膳立て通りレンズの前でポーズを決められるものではない。事の起こり、初めの一歩、不意の出来事というものは、撮影されることを嫌う…… まるで追っ手から逃れるように。

歴史というもの、その原因より結果のほうが捉えやすいことは間違いないが、結果と原因とは相互を照射する関係にある。つまり、映画によって結果を隅々まで光に晒すことで、それまで陰に隠れていた原因が解明されることもある。存在するすべてを保護するのでなく、可能なものを保護すること、それだけでも科学的、歴史的調査を含むあらゆる調査に目覚ましい結果がもたらされる。オーラルヒストリーや文書ですら、対応する出来事の始めから終わりまでを完全に伝えるわけではない。それでも歴史は存在するし、たとえ細部が歪められるようなことがあっても、より大きな枠組みでは結局のところ、歴史は正しいのである。
そして職業柄、映画の撮影者には分別がない。いつも目を光らせて待ち伏せし、直感によって後に歴史をかたちづくる出来事の発生を予見することも度々で、気の弱さを嘆くより、むしろ行き過ぎた熱意を抑えねばならない職種なのである。時に沸き起こる好奇心から、あるいは報酬という餌に釣られ、もっと言えばその両方が混ざっていることのほうが多いが、何れにしても撮影者には独創性と大胆さとがもたらされる。いくらか公式な権限を認められていても、彼らはどうにかして認められていない場所に忍び込もうと企むであろうし、大抵の場合、まさに歴史が紡ぎ出されようとする時と場所を見つける術を身に付けてもいる。大衆運動や暴動の始まりに怖じ気づくようなことはなく、たとえ戦地にあっても、兵士が銃口を向けるのと同じようにレンズを対象に向け、少なくとも戦闘の一断片を捉えるであろうことは想像に難くない。光が射すところ、撮影者は必ず現れる…… 例を挙げるなら、第一帝政と革命である。動く写真をもってすれば容易にその場面を再現し、ありありと蘇らせることができたはずである。それによって、実はそれほど重要でないことを面白く、またスリリングな出来事として著述してきた大量のインクの無駄を、どれだけ節約できたことであろう。

一場面が数千のフレームから成り、光源と銀幕の狭間で廻転する映画のプリントによって、死者は立ち上がり、歩き出す。つまり、このたった一巻きのセルロイドのプリントは、歴史的な記録資料(ドキュメント)であるばかりか、歴史自体でもある。それは消滅することもなければ、精霊の蘇生術も必要としない歴史である。映画のプリントは絶え間なく存在し、そして、数年の潜伏の後で少しの熱と湿度によって活性化する単細胞生物のように、再び目覚めて過去の時間を生き直す。そのためには、レンズを通して暗闇に差し込む少しの光さえあればいいのである。

映画的なドキュメントの特徴

映画は、歴史の全体像を網羅的に示すことはないが、少なくとも映画によってもたらされるものは、争う余地なく絶対的な真実である。通常の写真は変質と呼べる程度まで修正できる。しかし1,000も1,200もの微細なフレームを同じ方法で修正することなどできはしない…… 動く写真には真正性、正確さ、そして精度のすべてが備わっている。動く写真は誠実かつ完全無欠の卓越した目撃証明である。映画は証言を裏付け、ある出来事について目撃者に矛盾があれば、取り繕っている側の口を封じて不一致を解消させることができる。
仮に、陸海軍の作戦について論争が起こったとしよう。作戦を映画によって段階ごとに記録していれば、そのような論争は即座に終結させることができる…… 撮影された場面中の離れた二地点の距離を計算して高い(数学的な)精度で割り出すこともできる。通常であれば、その出来事の起こった季節はいつで、天候はどうで、何日の何時だったかといったことの明確な裏付けも得られる。
人の目が追えない(感知できない)ほど速い事物の動きあっても、レンズはそれこそ遠景の地平線上からスクリーンの前景までを捉えることができる。いくら望んでも、同程度の確実性と明確さを持ち得る歴史的な記録資料(ドキュメント)はほかにない。

歴史的な映画のための保管所設立

特権的ともいえるこの歴史の情報源には、既に社会に根付いている公文書館(アーカイブズ)と同様の権威、公的な立場、そしてアクセスが提供される必要がある。それは政府の最高決定機関にかかわることであり、加えて、そのための方法や手段を見つけることはそれほど難しくはなさそうである。博物館の一部門、図書館の棚の一つ、そして公文書館(アーカイブズ)のキャビネットに歴史的性質を持つ映画のプリントを与えれば、それで恐らく事足りる。公式な保管所としては、フランス国立図書館、フランス学士院の図書室、歴史を司る何れかの学士院、フランス国立中央文書館がある。あるいはヴェルサイユ・ミュージアムの傘下でも構わないが、以上の中から選んで決めることになると考えられる。ひとたび実現(設立)に至れば、無条件の寄贈から利害を伴うものまでが、間違いなく届けられるようになろう。
生フィルムに同じく、当初はとても高額な映画の撮影機材の価格も、後に急激に下降し、市井のアマチュアの手に届くまでになる。プロを除いても、実に多くのアマチュアがこの技術の映画的利用に興味を抱くようになり、歴史構築への寄与に勝るものはないと考えるようになるに違いない。コレクションを今すぐ手放さない者も、遺産として残すことは厭わないはずである。そこで有能な委員会が、提供された記録資料(ドキュメント)の歴史的価値を評価した上で、受け入れるか、あるいは断るかを決めることになる。受け入れるネガは、容器中に封印し、ラベルを貼付し、目録化し、原版として手を触れることはしない。ポジは、同委員会が定める条件の下で上映することもあれば、特定の事情よっては貸出を禁じ、一定の年月を経ないと公開できないようにする。公文書館(アーカイブズ)においても同じことが行われている。権威ある機関によって選ばれたキュレーターが、この新しいコレクションの面倒をみる。
当初は小規模であっても、それ以上の(次なる)組織が設立されることになるはずである。要するに、パリは歴史的な映画の保管所を有する都市になるのである。

設立が見込まれる組織において最初の基礎を成すもの

このような組織の創設は極めて重要である。そして遅かれ早かれ、いくつかのヨーロッパの大都市においても実現するはずである。筆者は、筆者を快く受け入れてくれたここパリにおいて、その設立にぜひ貢献したい。多少なりとも関与させていただけるようお願い申し上げる。
ロシア皇帝に仕える撮影技師として、興味深い見所の中でも、とくに1897年9月のフランス共和国大統領のペテルスブルグ訪問にまつわる重要な場面や私的な出来事を、皇帝直々の申し出によって、映画を使ってありのままに捉えることができた。これらのフィルム内の1本を上映することによって、この訪問時に起こったとされるある不品行に関して、外国からの誤った主張を確実に反証できることがわかった。不祥事と呼ぶにはあまりに些細なことではあったが、最終的に動く写真が真実を提供し、人物の証言を担保することができるという貢献のほんの一例である(*)。これは現在に至るまで、歴史を語る者の想像力が及びようもなかった歴史学の一面ともいえる。

*ペネロペ・ヒューストンよると「大統領が礼儀正しい挨拶をしなかったという噂が立ったが、このフィルムの上映のおかげで実際には適切な挨拶をしていたことが証明できた」というエピソードを指す。

皇帝から撮影を許されたこれらのフィルムを、皇帝自らにご観覧いただく機会も得た。その後、続けて60回あまりも、それと同じ光景をパリの兵舎で兵士たちを前に上映することができた。筆者は、外国や外国人の様相、兵士たちが知りようもない公式行事の中身、そして偉大な国家の光景を学ぶ機会を提供したことになる。そして、無知な兵士たちに映画の上映が与える影響に驚き、また魅力をも感じた。

この珍しい映画の最初のシリーズを、設立が見込まれる博物館の基礎を成すものとして提供したい。筆者の着眼点が、かなり権威ある複数の人々にまで伝わったのは幸運なことであった。彼らの影響力のおかげで、近々これまでにない種類のアーカイブの設立をパリに見ることができるかもしれない。

このようなアーカイブの容易な、そして急速な発展を説く理由をここまで述べてきたが、筆者自身、その発展に寄与したいと考えている。これまでに言及した場面の他にも、筆者が提供できる映画は多い。既に、ロシア皇帝ニコライ二世の戴冠式、その他2人の皇帝のロシアの旅、英国女王のジュビリー等に関連する映画を蓄えている。昨今ではパリで、予期せぬ驚くべき出来事の一部を捉えることにも成功した。筆者は、歴史的に重要と思われる場面の再現をヨーロッパ中から集めて、未来の保管所に届けることを検討している。

この提案は模倣されていくであろう…… もしこの単純にして斬新な着想を支持してくださるなら、実行力あるどなたかにこの着想をご提案いただきたい。その上で、この着想を盛り上げ、実りあるものにするために、必要な周知活動を自由に行っていただきたい。

Language: English

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