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ネットワーク資料保存86号より 路地裏のフィルム保存活動

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ネットワーク資料保存86号より 路地裏のフィルム保存活動

路地裏のフィルム保存活動:
NPO法人映画保存協会(Film Preservation Society)のアプローチ

1059562921_55609c7696_1.jpg映画フィルムを文化財として保存する活動に取り組むNPO法人映画保存協会(FPS)をご存知だろうか。6年ほど前に筆者が立ち上げた映画保存研究会StickyFilms(スティッキーフィルムズ)が有志を一人また一人と集め、いつの間にか名称だけは立派な市民団体へと成長したのがFPSだ。会員は30名を超えるものの、ボランティアが交代で出勤してようやく週2〜3回の営業日を確保しているに過ぎず、どう考えても名前負けしている。専任スタッフの雇用は悲願と言っても過言ではない。そのFPSが2007年春に東京は谷根千(やねせん)*の日本家屋に事務所兼作業場を移転し、「蔵再生:地域映像アーカイブの創設」プロジェクトを始動した。ここでいう《蔵》とは、事務所に隣接する築100年の石蔵を指す。以来、蔵の補修及び維持管理もFPSの日々の仕事のひとつに加わった。手はじめに上映スペースとして活用しているこの蔵を、行く行くは谷根千に暮らす人々の記憶の宝箱として蘇らせたいと真剣に考えている。

そのためにFPSは今何をするべきか?フィルムアーカイブ活動と誤解を受けることもあるが、人手不足・予算不足のみならず、保存科学に関する専門性が低く、フィルム専用の保存庫を所有しないことから、フィルムの蒐集は今のところ一切おこなっていない。しかし調査目的で一時的に預かるフィルムは常に100ロールを超え、そのほとんどが8ミリ、9.5ミリ、16ミリといった小型映画だ。時折相談を受ける可燃性(ナイトレート)フィルムやビネガー・シンドロームに侵されたアセテート系フィルムの扱いにも頭を悩ませている。蔵をフィルムの仮置き場にできるのは、内部の湿度と気温が比較的低く一定に保たれるからこそだが、長期的な保存の見通しは立っていない。視聴覚ライブラリー(財団法人文京アカデミー)など視聴覚資料用の収蔵庫を持つ組織との協力に望みをつなぐばかりだ。

欧米では実にさまざまな形態で、地域に根ざした映像メディアの保存活動がおこなわれている。筆者自身、米国のL.ジェフリー・セルズニック映画保存学校在学中に日本のホームムービー、アマチュア・フッテージをはじめ、いわゆるオーファン(孤児)フィルムたちが置かれている惨状に気づき、少なからず衝撃を受けた。守り残すという言葉が「デジタルアーカイブ化」にすり替えられがちなのも悲しい。確かにアクセスの確保も欠かせないが、唯一無二のオリジナルであるフィルムを確実に保存する仕組みが大前提としてあるべきではないか。

地域の映像遺産の経年劣化、不適切な扱いによる破損、散逸、意図的な廃棄の可能性に危機感を抱く各地の個人/団体との出会いの場として機能するのが《ホームムービーの日(Home Movie Day、以下HMD)》である。これは動的映像アーキビスト協会(Association of Moving Image Archivists、以下AMIA、本部アメリカ)に所属する若きフィルムアーキビストたち(そのほとんどが前述の映画保存学校の卒業生でもある)が提唱する記念日で、毎年8月の第2土曜日に地域の人々が持ち寄るフィルムを上映し、その保存の重要性を訴えるものである。2007年度は世界10カ国64会場が参加し、国内では弘前から神戸まで12会場で家庭に眠るフィルムに光が当てられた。FPSは初年度の2003年から国内のHMDのとりまとめをおこなっている。

filmforever.jpgここで忘れてならないのは上映後のケアをいかに充実させるかという点である。FPSでは「家庭でもできるフィルム保存の手引き」[日本語版]を制作し、フィルムの適切な保管方法を訴えている。しかし持ち主が寄贈を希望しても、自信をもっておすすめできる小型映画専用のフィルムアーカイブは国内に存在しない。HMD主催者は地域映像アーカイブとしてのポテンシャルを十分備えているだけに、それが地方の映画祭実行委であれ、アート系NPOであれ、資料館または図書館であれ、単なる上映活動として終わらせてほしくはない。「動的映像の保護及び保存に関するユネスコ勧告」の採択を記念して、2008年度からは秋開催に移行するこのイベントの意義を、これからも広めていきたい。

FPSが調査対象としている小型映画の中から失われていた劇映画が発見されることも時にはある。「映画の里親」制度は民間から資金を募り、幻の無声映画を発掘・復元・上映するプロジェクトだ。資金提供者の名前は復元版フィルムの冒頭にクレジットされる。2005年以来、この制度によって1920年代の日本映画4本がスクリーンに蘇ってきた。市民団体がフィルムを発掘し、民間の資金で復元することに(それは必ずしも最新の技術から生まれる最善の結果とは言い難いが、少なくとも埋もれていた映像を劇場用35mmプリントで映画ファンに提示するという意味において)意義はあるし、戦前の劇映画の残存率が極めて低いだけに話題性も期待できる。公開当時は「失敗作」とこき下ろされ、発見時は手のひらの上で震えていた小さなフィルムたちが、復元後、映画祭など晴れの場で堂々と現代の映画ファンを楽しませ、映画保存の重要性を訴えている姿は、何とも頼もしい。

ところで、近頃肌で感じるのは、フィルム調査に必要な資材(リーダー、スプライサー、補修テープ)や機材(編集機、映写機)などの入手が困難になっていることである。フィルムを保存するのであれば、その周辺にあるフィルム文化全体を継承していかねばならない。トーキー化以降、映画の映写速度は24FPS(Frames Per Second コマ/秒)が標準となり、それよりも遅く、かつ作品ごとに速度が異なる無声映画は、映写環境を整えることすら容易ではない。無声とはいえ当時は弁士や楽士による音の効果が付いた。ライブ感も含めてオリジナルに近づけたいという思いが、FPSの名称には込められている。日頃から技術者を迎えてのゲストレクチャーや資料室の拡充にも力を入れているが、日本語で書かれたフィルム保存の専門書がほとんど存在しない中、財団法人放送番組センターによる「視聴覚アーカイビング:その倫理と哲学」(ユネスコ)の翻訳は2006年度の画期的な出来事だった。この冊子の全文データはFPSのウェブサイトからダウンロード可能になっている。そのほかにも月刊メールマガジンを発行し、内外の情報をできる限りわかりやすく提供することを心がけている。興味をお持ちの方にはぜひ一度ご覧いただきたい(http://www.filmpres.org)。

活動範囲は谷根千地区に限定されつつあるが、AMIAや東南アジア太平洋地域視聴覚アーカイブ連合(SEAPAVAA)に参加し、世界的な映画保存の動向を注視することも忘れてはいない。高温多湿の気候と少ない予算の中で映画保存のアドボカシーを実践する東南アジア各国の視聴覚アーキビストからは常に刺激を受けているし、フィルム保存の先進国であるオーストラリアの専門家との交流の場が持てることもまた、SEAPAVAA加盟のメリットの1つだ。FPSの活動に興味を持ってくれる仲間がいることは、何より励みになる。世界中の仲間たちに背中を押され、FPSは今日も下町の路地に佇む蔵にて「地域の映像は地域で守る」社会の実現を目指している。

NPO法人映画保存協会 石原香絵

*谷中・根津・千駄木の頭文字をとった呼称。行政区にしばられない独自のコミュニティーが形成されている。詳しくは地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を参照のこと(http://www.yanesen.net/)。

初出:「ネットワーク資料保存」86号(2007.11 日本図書館協会資料保存委員会)

photo by Mami Kanda

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