映画フィルムの基礎調査をフィルム・インスペクションと呼びます。この作業に必要となる道具をご紹介します。
リワインダーとは、一対のハンドル付スプリット・リール(コア巻きのフィルムを支えるリール。取り外しのできるニ面が合わさって、その中央にコアを挟む構造になっている。)またはプレート(円盤)を台に固定したもので、左にセットしたフィルムを右の空リール上のコア(通常はプラスチック製で、2インチまたは3インチが主流。保存用には3インチが理想とされている。)に巻取りながらフィルムの状態を調べます。巻き取る時には片手でフィルムのエッジをそっと包み込み、指先の感触でつなぎ目や傷んでいる箇所を察知します。
はじめはリールの回転も軽く、しゅるしゅると巻き取ることができますが、おわりに近づくにつれハンドルはずっしりと重くなります。新しいポジ・フィルム、とりわけ強度があって切れる心配のほとんどないポリエステル・フィルム(90年代からポジ・フィルムの主流になったベース素材。)であれば、電動リワインダーを使ってもよいのでしょう。しかし古いフィルムを扱う場合は必ず手動でおこない、緩いテンションで巻きとりながら、フィルムを傷めることのないよう細心の注意を払います。対になったリールの向きは垂直型と水平型があり、インスペクションにはどちらかといえば水平型が向いています。
とはいえ現在FPSが使用しているのものは 35mm/16mm兼用の垂直型で、それでもまったく問題はありません。作業台は広くて安定したものを用意し、左右のリールの間にライト・ボックスやスプライサーを置きます。高さが調節できる椅子、くず入れ、フィルム・コアのストックなども並べます。作業場には大きな窓があり、眺めが良ければ文句なしですが、細かい作業なのでブラインドやライトで光を調節できるようにします。1本の傷んだフィルムを丁寧に補修するというのは、なかなか根気のいる作業ですから、好きな音楽が聴けるような環境であれば一層楽しく作業が進むのではないでしょうか。
和裁やあめ細工で使われることからもわかるように、とりわけ細かい作業に適した「和ばさみ」は、編集作業だけでなく、古いフィルムの修復にも欠かせない道具です。海外のラボやアーカイヴに切れ味の悪い洋ばさみ(X型)が転がっているであろうことは容易に想像がつきますが、日本のフィルム職人はどうやら和ばさみ(U型)を好むらしいのです。
一度握るだけで35mmフィルムがフレームラインのことろでスパっと切れるほか、エッジのトリミングやVカットにも適しています。フレームまで損なわれている場合はパッチング、つまり、損なわれた部分に合わせて別フィルムを同形に切って隙間なくつなぎ合わせる作業が必要となります。この時、古いフィルムの場合は縮みなども考慮に入れて、エッジには短く切ったテープを少しづつ重ねてテーピングすることもあります。このような作業に和ばさみはもってこいです。種類は実に様々で、サイズも2.5寸から 5寸まで、また長刃(関西型)と短刃(関東型)の他、用途に合わせて腰のバネの調子も微妙に違うのだそうです。
古代ギリシャの出土品にまで遡るという歴史の古いU字型を今日まで愛用し続けているのが日本人だけというのも不思議ですが、何挺か使ってみれば、フィルムの性質にもっとも相応しいサイズとバネ調子を探し当てることができるかもしれません。
ルーペは主にタイトルやエッジコード(製造番号。フィルムのエッジに沿って印刷された記号が製造年やベース素材などをあらわす)の調査に使用します。とくにナイトレートは傷んでいなくともヴューワーにかけるのは危険なので、一コマづつ丁寧に情報を読み取ります。黄変色や汚れなどがある場合、細かい文字の判読はなかなか厄介です。
乳剤面とベース面でのキズの入り方の違い、スプライスのクオリティー・チェックも必要です。さらには役者の顔や場面から製作年や作品名を割り出す、という作業もときにはあります。ルーペに限らず長く使う道具の選択は容易ではありません。
例えばライトボックスにしても電池式の小振りな商品なら千円前後で購入できますが、プロ仕様の本格的なものとなると当然数万円…。しかし、そこで妥協せずになんとか良いものを入手して大切に使いたいものです(FPSは蛍光灯を仕込んだ手作り品を愛用しています)。カメラ屋の店員さんの商品知識はあまりあてにならないので、身近なところにカメラ小僧がいれば、あれこれ相談するのが良いかもしれません。フィルムのインスペクション作業に必要な道具はスチル写真用の商品を転用するケースが少なくないのです。ルーペも安物に手を出してはダメなようです。使い勝手などの相性も当然ありますが、宝石鑑定用の小さな携帯用ルーペ「Carton Achromatic Lens R-229」(x10)はとくに気に入っています。今のところ、このCarton一つでなんとかなっていますが、粒子まで識別できるような写真専用もありますし、かたちもスタンド型、ペンダント風など様々なスタイルのもを揃えられたら便利でしょう。
クリーナーと呼ばれるものは作業場に2種あります。まずは充電式のハンド・クリーナー。これが実は作業には欠かせないのです。劣化したフィルムからはボロボロと粉のようなものが落ちますし、缶の錆や古くなったビニールテープなどで作業台はすぐに汚れてしまいます。そこで、こまめにクリーナーでこれらのゴミを吸い取る必要があるわけです。フィルムが作業台や床などに触れると、静電気が埃をを吸い寄せてしまうため、くれぐれも注意が必要です。そしてもちろん、フィルムをきれいにするための液体フィルム・クリーナーも必需品です。無名メーカーのものであれば200mlで2,000円程です。これを適量コットンパッドに含ませて、フィルムの表面をふき取り、古いスプライスまわりの汚れなどを落とします。
容器のヘッド部が使いやすく、渇きが速いのが理想です。エタノールやベンジンなども使用できます。作業台やリワインダーなどは最後にアルコールを吹きかけて掃除します。 手が荒れてしまうので、必ず手袋を着用しましょう。作業場全体を常に清潔に保つことも大切です。
使用するゲージは主に2つあります。一つはバネを利用したシュリンケージ・ゲージ(A)で、これはフィルムの縮み(%)を測定するのものです。もう一つはスティック・フッテージ・ゲージ(B)と呼ばれ、コア巻きの状態で大凡のフィート数を割り出すものです。
(A)上の画像のようなバネ式のシュリンケージ・ゲージは広く使用されていますが、カナダのKLというメーカーによる受注生産のため、かなり高価です。そのため動的映像アーキビスト協会(AMIA)が会員を対象に貸出をおこなっています。使用方法は簡単ですが、タテの収縮しか計測できません。国内のフィルムアーカイブや専門業者はノギスで代用することが多いようです(右の画像のような電子表示のものもあります)。ノギスならヨコも計測できます。また、古いフィルムを新品のフィルムと重ねれば、縮んでいるか否かは判断できますが、縮んだフィルムを専門にあつかうプリンターは機種によって縮み何%まで、という許容範囲の設定があるので、事前に数値が求められるようです。同じロールの中でも縮み度は均一ではなく、正確に測定することは容易ではありませんが、同位置で定期的に調査すれば劣化の進行を知る目安になります。そこで、巻き取りながらトップと中央とエンドの最低3カ所を測定することが推奨されます。無声映画は字幕部分で、あるいは染色部分で縮み度が変化しますし、同じ作品の中に別のストックが混ざっていれば、状態は異なります。『フィルム保存入門』の第3章(フィルムの扱い方とインスペクション)も参照のこと。
スティック・フッテージ・ゲージは、いってみれば単なるモノサシなので値段も安く、2インチ/3インチどちらのコアでも、白黒でもカラーでも測定できるカナダ製(FT.)のものが便利です。もちろん巻きのテンションの違いがあるので正確な数値は出せませんが、例えば劣化したフィルムを一部廃棄する場合など、トップから何フィート目を何フィート分切断したのか、即時に記録することができて助かります。小会でも活用しています。
スプライサーとはフィルムを切ったりつなげたりする道具です。おおまかにセメント/テープ/超音波の三種に分類できます。画像はもっとも 手軽なテープ・スプライサー。セメント・スプライサーの場合、つなぎたいフィルムの端と端を鋭角に削って、マニキュアような瓶入りの接着剤(セメント)を片面に塗り、素早くもう片面を重ねて軽く圧力をかけ、三十秒程待つとくっつきます(乳剤面だけを削るタイプもあります)。
他にもポジ用、ネガ用、両手を自由に使える一見「足踏み式ミシン」のような
大型のもの、ホット・スプライサーと呼ばれる加熱式もあります。下手なスプライスはすぐにはがれてしまうので、空気が入らないよう均一に隙間なくつなぐこと、エッジをスムーズに処理することが重要です。刃の切れ味はもちろん大切なので古いものは研ぎ直さなくては使えません。90年代から広まったエスター・ベースにはセメントが使用できないため、高価な超音波スプライサーまたはテープスプライサーを使用します。
アーカイヴはフィルム貸出しの前後にスプライス箇所を数えます。これで上映にともなってフィルムの切断がなかったかどうか確かめられるわけです。新品のスプライサーはとても手の出る値段ではありませんし、中古品にしても、誰もが簡単に入手できるものではありません。スプライサーもフィルム同様、大切に保存するべき道具といえるのではないでしょうか。
フィルムに触れるときは手袋着用が原則です。古いフィルムは乾燥してもろく、変色しているのに加えて、映写用オイルに埃が付着したり、古くなったテープの接着剤がはみ出たりと、一巻分を巻き取るだけでも、エッジを挟んで支える指先のあたりは真っ黒になってしまいます。時にはフィルムの表面がすっかりカビに覆われていることもあり、また古い缶も往々にして錆びついていているものです。したがってフィルムに指紋や手の油を残さないためというより、むしろ自分の手を守る目的で、重いフィルム缶を扱うときの軍手と共に、フィルムに触れるときの薄手の手袋も必需品です。
フィルムを巻き取りながらスプライスを数えたり、エッジの傷み具合を調べるので、感触の伝わりやすいものが適していますが、薄いと摩擦によってすぐに指先に穴があきます。エッジの傷みがあまりにひどいフィルムを扱うときは、布が引っかかってフィルムが裂ける心配もあるので、むしろ素手のほうが良いとも言われます。米国のラボ仕様・箱入りガーゼ手袋(コダック製)は伸縮性もありおすすめです。日本で販売されているフィルム編集用手袋は、タクシードライバー風の厚めのものが主流のようなので、手袋の購入場所としては100円ショップがもっともお手軽かもしれません。日焼け防止目的の白手袋など、安価な分だけ生地も薄めなのでフィルム作業に転用できます。
劣化フィルム(特にアセテート系)は単に臭いという問題もありますが、同時に人体に害を与えるとも言われますから、やはりマスクと手袋の着用は不可欠です。さらにラボ・コート(エプロン)、アイ・プロテクター(メガネ)、シュー・カバー(スリッパ)で完全武装すれば万全でしょう。花粉症の蔓延で、マスクも優秀なものがコンビニ・レベルで出回るようになりました。その他、厚めのコットン・パッドやキッチン・ペーパーなど、汚いフィルムと格闘するための小道具の多くは、日用品から転用できます。汚くなった手袋を手洗いしベランダに干したら、ようやく作業終了です。
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