霧隠才蔵のその後

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霧隠才蔵のその後

映画の里親第4回作品『霧隠才蔵[パテベビー版]』は、同意書に従って、上映用ポジ1本を里親である〈ソウル・チュンム国際映画祭〉にお贈りしました(2008年5月にFPSがソウルに持参、韓国映像資料院にて、映画祭ディレクターに手渡ししました)。寄贈先を求めて彷徨っていた原版一式と2本目の上映用ポジは、映画の里親第5回作品と共に〈京都府京都文化博物館〉が受け入れてくださいました。残念ながら同意書は成立しませんでしたが、専用の収蔵庫で確実に長期保存、活用されることになります。会員一同、受入先の関係者の皆さまのご協力に心より感謝しております。尚、小会では参考資料として英語字幕付のDVDを所蔵しております。

『霧隠才蔵[パテベビー版]』 韓国お披露目レポート

CHIFFS 2007: Tales about film preservation(メルマガFPS Vol.30〜32より)

2007年10月27日(土)から30日(火)まで、活動写真弁士の坂本頼光さんと無声映画伴奏者の柳下美恵さんと共に、《第1回ソウル・チュンムロ国際映画祭(CHIFFS)》に参加しました。CHIFFSを里親として蘇った『霧隠才蔵[パテベビー版]』が上映されたためです。

[アジア初!?の復元映画祭]

CHIFFSのプログラムには、先のジョイント・テクニカル・シンポジウムでも上映された『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964)のほか、『ヘンリー五世』(1944)のデジタル復元版、韓国映画の古典の数々、チャップリン特集など、復元映画祭ならではの作品がずらり並びました。到着2日目の朝、方向音痴の私を心配して滞在先まで迎えに来てくれたオ・ソンチさん(韓国映像資料院=KOFA)に連れられて3つのプログラムをハシゴしました。以下は鑑賞メモより。

    (1)11時@中央シネマ6 戦争の記憶:オーストラリアからみた朝鮮戦争(1945−59)Memories of War

    当時の韓国を記録したニュース映画や文化映画の数々。若いオーストラリア空軍兵が戦地からの帰還直後にジョッキで乾杯(戦闘のあとのビールは最高!)という、今となっては非常識な構成や「ジャップ、ジャップ」の連呼。オーストラリア人も韓国人も日本人も一緒になってみる、AMIA会議的でフィルムアーカイバルな体験。自らこうしたフッテージを探し出した映画祭ディレクターのキム・ホンジュン氏はさすが。もっとお客さんが入っても良かった!

    (2)14時@忠武アートホール 我らが映画遺産の復元に向けて:KOFAが所蔵する不完全版の特別上映
    For the Restoration of our Film Heritage

    KOFAのアーキビスト2名と大手現像所《ハリウッド》の担当者による復元の途中経過報告(通訳なし)。隣にいたソンチが重要なポイントを耳元で囁いてくれたので、どうにかついていく。

    参考上映1本目はキム・ギヨン監督『鳳仙花 A Touch-Me-Not』(1956)。全6巻中2巻の音ネガしか残存しない。脚本はアン・ファヨン(アン・ソンギの父)。2本目のキム・ギドク監督『大怪獣ヨンガリ Monster Yonggari』(1967)は北朝鮮の『プルガサリ』よりずっとゴジラに近いシネスコの怪獣映画。緑の雨降りでコンディションは最悪ながら、すぐにもデジタル修復に取りかかるとのことで、結果が楽しみ。

    ソウルを中心に4、5ケ所ある現像所は近年、復元への関心を急速に高め、KOFAは(スコセッシの)フィルム・ファウンデーションとも既にコンタクトを取っている。アカデミー賞授賞後の記者会見でも、スコセッシが欧米以外の映画復元に言及する際、開口一番、韓国映画を例にあげていた。

    (3)17時@中央シネマ1 NFC所蔵の復元された短編映画集 Restored Shorts from the collection of NFC, Tokyo(1926-35)

    今春のFIAF東京会議で上映されたのとほぼ同じ並びとのこと。『長恨』、頼光さんの語りは息をのむ迫力! ほかにも喜劇映画から実験映画までバラエティに富む日本無声映画の見本市。すべての作品は柳下さんのピアノ伴奏付で生き生きと蘇る。荻野茂二の『RHYTHM』[リズム]などループでいつまでもみていたい気分になるも、24コマ映写なのであっという間におしまい。

この日のお昼にソンチさんが紹介してくれたのがミンサンさん(ソウル・アート・シネマ/シネマテーク・ソウル)でした。韓国からのセルズニック・スクール卒業生は彼女で3人目になります。体調を崩してゲホゲホところかまわず咳をしていた私に、「これ食べて早く治しなさい」と、ソルロンタンをおごってくれた2人の優しさとタフで明るい笑顔は、何にも勝る栄養になりました。

夜はKOFA主催のパーティーがあり、キューブリック上映はあきらめました。作品によっては満席にもなったようですが、小雨のパラつく日曜日、全体的に人手がいまいちで、同じキムさんがディレクターをつとめていたプチョン・ファンタスティック映画祭のような異様なまでの盛り上がりはなく、全体的にお客さんはもの静かです。予算は潤沢で宣伝も派手ながら、テーマがテーマなだけに(?)戸惑いもあるのでしょうか。韓国では映画祭が増え過ぎて誰もが食傷気味と聞きますし、一時の映画熱もそろそろ冷めてきたのかもしれません。

韓国が牽引するアジアの映画保存

ソウル滞在3日目に韓国映像資料院(KOFA)を見学しました。

CHIFFSの舞台=日本人にもお馴染みの繁華街・明洞(ミョンドン)を擁する中区から車で西に20分ほどで、麻浦区上岩洞(サンアムドン)のワールドカップ・スタジアムが視界に入ってきます。向かうはスタジアム近くに建設が進むIT関連コンプレックスの一角。流暢な日本語のタクシーの運転手さんも「このあたり来るの初めてなんですよ」と興味津々の様子でした。

移転後間もないKOFAはロゴも一新、若いスタッフが多く、活気に満ちています。ピカピカの図書室は既に開室中。ずらっとならんだブーズで利用者(やはり若い!)が各々映像を閲覧しています。2008年5月には映画博物館もオープン予定とのこと。
フィルム缶の色分けやバーコード管理、クリーニング及びテレシネ設備の充実は2003年の報告にある通りですが、改善点も見受けられました。ポスターやスチル写真専用室が完備され、スキャニングも着々と進んでいます。各種フォーマットのテープやアナログ・レコードのコレクションにも目をみはるものがあり、日本を含む海外の業者に依頼して、小型映画の修復・テレシネやナイトレートの不燃化にも着手しているとか。極めつけは、ビネガー室やナイトレート保管の役目を担う倉庫を郊外に建設するという新計画でしょうか。

劇場は同じ建物の地下に大中小と3スクリーン。こけら落としのキム・ギヨン特集は来年5月だというのに、既に準備万端整っている様子で、フルタイムの映写技師(映写技師も若い!!)がなんと4名も、どっからでもかかってこいと言わんばかりに腕まくりして控えています。

倉庫と劇場を案内してくださった20代前半と思しき職員の男性が帰りがけに「実は僕もセルズニック・スクールに留学予定なんですよ」と照れくさそうに告白してくれ、そのことが無性に嬉しく感じられました。お土産もたくさんいただき、これまでの寄贈分も合わせると、KOFAが復元した韓国古典映画のDVDが映画保存資料室の棚にずらり勢揃いです。

霧隠才蔵のお披露目

最終日(4日目)は小会の出番となり『霧隠才蔵[パテベビー版]』ほか2作品が上映されました。上映後はあたたかい拍手と共に「退屈だと思い込んでいた無声映画は予想に反して面白く、活弁や演奏が付くのも新鮮だった」との感想をいただきました。韓国最後の活動弁士といわれるシン・チュル氏は既にご高齢で、ほとんど無声映画の残っていない韓国では後継者問題が深刻です。坂本さんのような若い弁士が活躍する日本には、弁士の養成学校でもあるのか?国が積極的に育成しているのか?といった質問も受けました。

帰国翌日、幸運にも《映画の里親》プロジェクトでお世話になっているフィルム技術者・今田長一さんにお会いできたので、海外初上映が無事終わったことをご報告しました。この時、ようやく肩の力が抜けたような気がします。その帰り道、会員から借りて長らく鞄に入れたままだった「アマチュア映画」昭和7年5月号のコピーに目を通しました。投稿文の中にこんな一説があります。

「見よ三十五ミリの時には厳然として存在していたテーマは小型化されて、どこかへ消え失せたやうなものがあることを」

才蔵の35ミリ版はいかなる構成だったのか、オリジナルのどの部分を小型化したのか、復元版はどこまでオリジナルに近づいたのか?
そしてオリジナル作品の公開当時(1920年代)、観客はどんな気持ちで映画館に通い、そしてスクリーンに釘付けになったのか…。後日、澤登翠さんとお話していると「当時の映画館の臭いだって今とはまったく違っていたはず」とのご指摘。なるほど映画の復元は五感を使ったタイムトリップでもあるのです。

残る作業は復元版フィルムを長期保存してくれる寄贈先探しです。それさえ済めば、あとのことは彼のヒーローの頼もしい後ろ姿にすっかりお任せするつもりです。

果たして霧隠才蔵は、どこに消え、またどこに姿を現すのか?

Language: English

小中大

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