文京区所蔵16mmをぜんぶみる計画

◇ ことの発端

 映画保存協会(FPS)が以前は台東区にあったちいさな事務所で〈ちいさな上映会〉を開始したのは、2005年12月のこと。1つしかないテーブルに置いた8mm映写機から壁にぶらさげた手縫いの簡易スクリーンに映写するという、何とも質素な集いの幕開けだった。それが今や、30名以上入る映写スペースに16mm映写機と暗幕付のスクリーンまで揃っているのだから、何たる飛躍!これもすべて、地元の出版社「谷根千工房」はじめ、これまで支えてくださった多くの方々のおかげだ。そしてこの間、FPS小型映画部はコツコツとインスペクション/プロジェクション(映写)作業に取り組み、技術を磨き、作業場を整えてきた。

 当初〈ちいさな上映会〉の開催意図は、業務試写の一般公開(どうせ映写するなら、1人でも多くの方にご覧頂きたいという思い)、会員の映写技術向上、さらには、忙しくて時間のない会員が顔を合わせる場を設けることにあった。おぼえるだけなら誰にもできる映写だが、上達したいなら観客にみせる意識と緊張感も欠かせない。また、機材は定期的に動かさないと故障の原因になってしまう。しかし残念ながら、地域主体の映画保存活動に賛同する会員はあまり多くなかった。

 事務所を文京区(現・記憶の蔵)に移転して上映環境がどうにか整った2008年3月の第16回より、〈ちいさな上映会〉は、「谷根千工房」企画による自主上映会形式として継続されることになった。開催日も第17回以降しばらくは、《奇数月第3土曜日午後6時開始》に固定され、れを機に掲げたのが「文京区所蔵16mmをぜんぶみる計画」だ。対象作品は財団法人文京アカデミー管轄の16mmフィルムに限定。限定したとはいえ所蔵数は1,500本にのぼるため、とくに古い(収蔵年度が1950年代後半〜1970年前半の)プリントに焦点を絞った。

 「ぜんぶみる計画」のアイディアは、アイリーン・バウザーのインタビューからいただいたものだ。ニューヨーク近代美術館映画部門の当時の映画コレクションの全容を把握するために、バウザーは仲間を募り、会費制のボランティア試写会を毎土曜日の朝に実施した。そして10年かかって「ぜんぶ」をみたという。バウザーがそうしたように、FPSでも試写を通して目録を作成する作業に力を入れている。

 そして2010年、この仮想「地域映像アーカイブ」が現実に一歩近づいた。FPSが東京都文京区の[映像資料調査・保存事業]を正式に担うことになったのだ。これからの「ぜんぶみる計画」は新たな段階に踏み出すことになる。そこで、「文京区所蔵16mmをぜんぶみる計画」のこれまでをまとめてみることにした。

◇ 2009年度までの作業実績

 映画は物理的な「キャリア」であるフィルムと、そのフィルム上に記録された「コンテンツ」、そしてその映画が誕生した社会状況、制作意図、上映環境などの「コンテクスト」に分けて考えることができる(※1)。これまでFPSは主にキャリアの調査と目録作業を専門的に扱い、残りを谷根千工房が担当してきた。作業の柱となるのは以下の4点だ。

[1]簡易インスペクション:プリントの物理的な状態を調べ、そのデータを蓄積する。
[2]試写:映画の内容を検証する。尚、上映して初めて判明する物理的状態もある。
[3]目録化:[1]と[2]の調査結果をエクセルに入力し、検索可能にする。
[4]追加調査:国内最大の映画フィルムの収集保存機関である東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)に所蔵確認をお願いし、その結果を[3]に追加する。

 人員不足から体制は決して十分なものではなかったが、「文京区所蔵16mmをぜんぶみる計画」としての自主上映会は初年度までに全13回を実施し、総計62本を借り出し、内54本を調査した。内容的に優れた作品は、谷根千工房主催の「D坂シネマ」などで再上映の機会も得た。自主上映会化の効用として、上映環境のさらなる改善のためのカンパが集まり、参加者の意見交換の場が生まれたこと、本格的な調査を始動させる上でのペース配分がつかめたこと、今後取り組むべき課題が具体化できたことがあげられる。

【表1】ちいさな上映会の開催日程
* 上映本数 計62本、関係者含む参加者累 計257名(各回平均21名)

1 第16回 2008年3月23日(日) 5本 参加者?名
2 第17回 2008年5月17日(土) 5本 参加者13名
3 第18回 2008年7月19日(土) 6本 参加者34名
4 第19回 2008年9月20日(土) 5本 参加者26名
5 第20回 2008年11月15 日(土) 4本 参加者13名
6 第21回 2009年1月 17日(土) 4本 参加者26名
7 第22回 2009年3月21 日(土) 5本 参加者23名
8 第23回 2009年5月16 日(土) 4本 参加者25名
9 第24回 2009年7月18 日(土) 6本 参加者25名
10 第25回 2009年9月19 日(土) 6本 参加者19名
11 第26回 2009年11月21 日(土) 4本 参加者10名
12 第27回 2010年1月 6日(土) 4本 参加者19名
13 第28回 2010年3月20日(土) 4本 参加者14名

 問題点の一つに映写の考え方があった。FPS小型映画部では、元日比谷図書館の武田正先生を講師にお迎えし、年2回の「映写機操作講習会」を開催している(100名近くに修了証を発行してきた)。そして地元を中心に出張映写を請け負ってもいる。しかし「ちいさな上映会」では、毎回何かしら映写の問題が起こる。その第一の要因は準備不足。スタッフの数が足りず、1人が来客対応などで席を外すと途端に慌ててしまう。第2に、フィルムの状態が劣悪なこと。上映優先の企画だったこともあり、よっぽど劣化が進んでいるフィルムでない限りは機械にかけるのが慣例だったが、その強引さが事故につながった。上映は常にフィルム破損のリスクと隣り合わせであり、そのリスクを回避するには、技術向上はもちろんのこと、映画保存の考え方への理解も求められる。スタッフの中には無理矢理でも上映したいという思いが根強く、その意識はなかなか変わらない。

 簡易調査の内容は、以下の通り24項目に絞った。詳細はエクセルを使って一覧にまとめている(別途問合せのこと)。

【表2】簡易調査の項目

1 「ちいさな上映会」で上映した順序(0001〜0062)
2 所蔵番号:文京区所蔵目録(以下、目録)の番号(ローマ字+数字3桁)
3 目録題名
4 登録番号:容器のラベルの番号(数字3桁+6桁)
5 制作年:エッジコードからの推測やNFCデータベースの情報より
6 収蔵年:目録より
7 上映時間:目録又は追加資料より
8 再上映の有無
9 プリント題名:コマ抜きより
10 権利表示:著作権番号、映倫番号など
11 酢酸臭(ビネガーシンドロームの進行)の有無
12 ジャンル:教育映画、文化映画、記録映画、劇仕立て、アニメ等
13 現像所
14 制作会社
15 配給会社
16 色の種別:白黒又はカラー(褪色)
17 サウンドの種別:磁気又は光学(エリア又はデンシティ)
18 ストック:エッジコードより
19 容器(リール)寸法
20 クレジットその他追加情報
21 追加資料:同封されている資料の複写の有無
22 エンドマーク:有無と記述(おわり、終、完、ENDなど)
23 内容記述:ネット検索又はコマ抜きより
24 NFC所蔵確認:原版又はポジ所蔵の有無
番号

調査前に既に与えられていた番号は、項目2と4の2種。1桁目のローマ字が上映分数を表すことを除いて、この番号の規則性は不明。

題名

目録題名には漢字/ひらがな表記の間違いが多い。シリーズ名の削除は目録化の際の入力ルールだったと推察されるが、本調査ではシリーズ名も含めてプリント上にある題名を採録してきた(目録題名「住みよい町を作る」→プリント題名「社会科・カラー見学シリーズ すみよい町をつくる」)。中には副題に内容に関わる有用な情報が含まれる作品(目録題名「離れ島の生活」→プリント題名「新日本地理映画体系 離れ島の生活 —対馬・八丈島—」、目録題名「自然のしくみ」→プリント題名「自然のしくみ ―ノミはなぜはねる―」)もあった。

*シリーズ名(本数のないものはすべて各1本を調査)

社会科・カラー見学シリーズ 岩波映画
たのしい科学シリーズ 岩波映画
学習映画体系 学研 3本
学習映画体系・社会科シリーズ 学研
学習映画体系・理科シリーズ 学研
学習映画体系・音楽シリーズ 学研
学習映画体系 カラー低学年シリーズ 学研
学習映画体系 正しい技術シリーズ
新日本地理映画体系 日本映画新社
人のからだシリーズ 東映
政治とくらしシリーズ 東映 2本
土地とくらしシリーズ 高橋プロ
日本百科映画体系 日映
いろいろな町や村 共立
理科観察シリーズ 記録映画社 ※ 正しくは「東映」でした。
日本歴史教材映画体系 記録映画社 3本
あぶない!あぶないよシリーズ 東中映画
日本のすがたシリーズ 三陽映画 2本
家庭百科シリーズ 三陽映画

ジャンル分け

当面の利便性を優先した仮分類であり、国際標準に準拠したものではない。

制作年、上映時間、権利関係、制作会社、配給会社、クレジット情報、追加資料、内容記述

以上は、余裕があれば追加調査をおこないたい。

容器(リールサイズ)

収蔵方法を考察する際に、リール/容器ごとのサイズが生かせるかもしれない。

酢酸臭(ビネガーシンドロームの進行)

調査した61本中8本、つまり全体の13%が、アセテートベースのフィルムの劣化を特徴付けるビネガーシンドロームに感染していた。今後、酢酸臭のするフィルムは映写しないというルールを徹底したい。

NFC所蔵確認

あくまで所蔵の有無のみであって、状態に関しては不明。原版、マスター素材、プリント、形状の違いにも注意が必要。今までのところ何らかのかたちで保存されているのは12作品。これは予想以上に少ない数字だった。

【表3】収蔵年別(昭和30年代まで)の上映本数

収蔵年 所蔵数 上映済 ビネガー
1958(S33) 4 2 0 2
1959(S34) 10 4 0 6
1960(S35) 15 10 0 5
1961(S36) 22 9 1 13
1962(S37) 17 5 1 12
1963(S38) 5 1 0 4
1964(S39) 19 12 3 7

◇ あれこれ考えること

 FPSが目指すのは、文京区所蔵の、そして文京区にゆかりある視聴覚資料全体を対象とする「地域映像アーカイブ」事業だ。つまり、「16mm」の調査は全体の一部に過ぎず、他の作業との兼ね合いの中でバランスをとりながら継続していくことが肝要だ。しかし緊急を要する課題もある。ビネガーシンドロームは伝染性が強いため、本来は健康なフィルムから隔離して冷蔵すべきものだ。一度劣化が始まったら手の施し用がないが、低湿低温環境を一定に保つことで劣化速度を遅らせることはできる。法人会員でもある株式会社共進倉庫の視聴覚専用倉庫の利用なども検討しつつ、一日もはやい収蔵改善を目指したい。現状では、せめてADストリップを使用して劣化進度を数値化するなど (※2) 、全米映画保存基金(NFPF)の『フィルム保存入門:公文書館・図書館・博物館のための基本原則』や『家庭でもできるフィルム保存の手引き』を参考にして応急処置を施す必要がある。⇒基礎テキスト

 プリントは貸出対象であるため、フィルムの保存形態はリール巻きのままだが、長期保存を優先するならコア巻き/水平保存すべきであり、容器もアーカイブ仕様のプラスチック製に入れ替えるのが理想だ。しかし内部から反対の声もあり、即時の実現は難しい。今後、ライブラリーの使い捨てプリントとして扱うのか、それとも未来に向けて残すべき映像史料、つまり長期保存対象とするのか、様々な選択肢の中で方針を打ち出していくことになる。

 現実には、国内各地で16mmフィルムのコレクションが廃棄されている。FPSでも寄贈仲介の実例は多数ある。保存が叶っても、厳しい選別基準が設けられる可能性もある。文京区のコレクションは、幸い現時点で選別廃棄をする必要には迫られていないが、万一に備えて唯一無二の存在であるプリントの所在を確かめたり、複数本の中から最良の状態にあるのプリントを選び取れるようなデータを把握しておきたい。所蔵確認は今のところNFCにお願いしているのみだが、他の保存収集機関や視聴覚ライブラリーとの照合も必要だ。そのための効率的な方法についても検討したい。

 2010年5月より、フィルム調査の緊急性に重きを置き、「ちいさな上映会」を「ちいさな試写会」と改称する。今後は収蔵年の古い作品の調査を優先し、平日夜間の一般公開試写として月2回度程度実施する。

 FPSは、デジタル化と活用推進だけを「映像アーカイブ」と呼ぶことはしたくない。その意味で、先行する国内各地のコミュニティ主体の映画保存活動は、残念ながら参考にはならない。8mmを集めてテレシネすることが現物廃棄につながったり、視聴覚ライブラリーの16mmは権利処理の難しさから後回しにされることもあるようだが、状態調査と非営利目的の試写だけなら問題は起こらない。目指すは欧米の地域映像アーカイブ… 米国メーン州のノースイースト・ヒストリック・フィルム、スコティッシュ・スクリーンのフィルムアーカイブなどがあげてきた目覚ましい成果だ。何れも専用の収蔵庫を持ち、現物保存を当然の使命とし、国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)にも加盟している。規模は小さくとも志し高くありたい。

◇ まとめ(今後取り組むべき課題)

・ ADストリップ使用による劣化度測定(FIAF規定の5段階表記の適用)
・ ビネガープリントの隔離と冷蔵
・ 残存確認(他の映像アーカイブや視聴覚ライブラリー目録との照合)
・ 調査項目のマニュアル化(さらなる改善)とインスペクションの徹底
・ 据え置き映写機導入の検討

    ※1 キャリア、コンテンツ、コンテクストの連関については、レイ・エドモンドソン(著)”Audiovisual Archiving: Philosophy and Principles”(ユネスコ 2004年)の5.3 に詳しい。ここでは、視聴覚キャリアは「本質的にマイグレーションできない器物に属する」とされている。

    ※2 ADストリップを使ってアセテート・フィルムの劣化を測定する方法については『NFPFフィルム保存入門』(第2 章 6.)を参照のこと。問題点も多く、精度が低いと言われてはいるが、比較的手軽にビネガー感染状況を数値化できる唯一の方策。

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