無声映画:発見―復元―保存―上映!(後篇)

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無声映画:発見―復元―保存―上映!(後篇)

第12回映画の復元と保存に関するワークショップより
セッション「無声映画:発見―復元―保存―上映!」

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〈喜劇王〉斎藤寅次郎の再評価

会場の様子

セッション会場の様子

柳下:ほかにも海外の映画祭等で人気のある日本の無声映画について教えてください。

常石:斎藤寅次郎監督の無声映画時代の作品もほとんど残っていなくて、残っているトーキー以降の作品はちょっと退屈だったりするので、実際どれくらいすごい「喜劇王」だったのかがわかるのは、マツダ映画社に『子宝騒動』(松竹蒲田 1935)が残っているおかげです。あの有名な豚を抱えて走る場面は、海外で「ぎゃー!」と叫び声が上がるくらいの熱狂を巻き起こします。宇賀山コレクションの『石川五右衛門の法事』は、もうちょっとひねりのある喜劇ですけれど、何れの作品も天才の再発見に貢献していると思います。

柳下:斎藤監督も小津監督も、戦後の作品と無声映画時代を比較すると、作風が違いますね。村川先生も確かそうおっしゃっていましたが、『和製喧嘩友達』はまるでアメリカ映画のようですし。

私は活動写真弁士の澤登翠さんと「ロスト・フィルム・プロジェクト」に取り組んでいます。断片しか残っていない作品をスチル写真や台本等で補って再構築する試みです。斎藤監督についてもいつかやってみたいのですが、なかなか素材が見つかりません。

人気作品は残ってない、ということはやはり斎藤監督の映画が面白過ぎたのでしょうか。

松戸:佐藤忠男先生が五所平之助監督にインタビューされたとき、しみじみと「小津くんは幸せだよ、僕や斎藤の作品は人気があったから、失われてしまった」と嘆いておられたそうです。

小津作品は芸術性が評価されて、何度もキネマ旬報の一位になっているけど、興行的には振るわなかった。ですから倉庫から動かなかったのかもしれません。当時は今のような二次利用、三次利用はできなかったので、興行が終わると地方にフィルムごと売ってしまったようです。ネガが残っていなければ映画会社は何もできないし、人気がある映画は地方で繰り返し上映されて、そのうち消えていったのでしょう。

柳下:少し補足しますと、日本では無声映画が欧米より遅くまで――大都映画という小規模な映画会社では1938年まで――製作されていたということです。

小津監督の無声映画は1936年までの全34作品で、そのうち17本が何らかのかたちで残存していますから、残存率は50%。これは奇跡的な数字です*3。現代の観客は小津作品を楽しんでいるけど、一方で当時の観客が楽しんでいた作品はもう存在しないというのは、皮肉な感じがします。

松戸:残っているからこそ小津映画が評価されているということもあるでしょうね。

最近、中国放送のニュースで見たのですが、広島で被爆死した白井戦太郎監督の作品は生涯で100本近いけれど、断片含めて5、6本しか残っていないようです。ただ、日本の無声映画の残存率からすれば5〜6%というのはごく平均的な数字です。

柳下:確かにそうですね。

ではここで、斎藤寅次郎監督の子宝騒動も少しご覧ください。

実演2『子宝騒動』抜粋(約3分)

柳下:ありがとうございました。

このワークショップの主催団体の一つである映画保存協会が、過去に「映画の里親」というプロジェクトを実施して6作品の幻の日本映画を発見・復元しました。保存は公共フィルムアーカイブに託して、上映は私たちがさせてもらっています。その第一弾が斎藤監督の『モダン怪談100,000,000円』[松竹グラフ版](1929)でしたね。

松田春翠(画像提供:マツダ映画社)

松田春翠(画像提供:マツダ映画社)

松田春翠さんと同じようにお仕事も兼ねて、活動写真弁士の片岡一郎さんや坂本頼光さんも映画フィルムを発掘しておられます。数ヶ月前にも子役時代の高峰秀子さん主演の『私のパパさんママが好き』(松竹蒲田 1931)が見つかって、映画史が書き換えられました。

>> 閑話休題(片岡一郎さん)
>> 活動弁士の家(坂本頼光さん)

NFC所蔵では、世界的に評価されている小宮登美次郎コレクションがあります。小宮さんは外国映画を収集していた方で、イタリアのボローニャ復元映画祭では、「100年前の映画のシリーズ」でよく小宮コレクションが上映されています。

それから、この中に教え子の方もいらっしゃると思いますが、早稲田大学で教鞭をとられている世界的にも著名な映画史家の小松弘先生が、珍しい映画フィルムのコレクションをお持ちです。

早稲田大学といえば、村川さんは飯島正(1902-1996)さんから教えを受けられたのですよね。

村川:ええ、早稲田大学の大学院でフランスの映画理論等を教わりました。私は新作に興味があったので海外の映画祭に行くようになりましたが、アンリ・ラングロワはレトロスペクティブというかたちで、その頃から国際映画祭に旧作を提供していましたよ。

柳下:実際にお会いになったこともあるのでしょうか。

村川:ラングロワと会ったのは、吉田喜重監督の『戒厳令』が出品された1973年のカンヌ国際映画祭でした。ラングロワの伝記を書いたリチャード・ラウドという人は、16年間シネマテーク・フランセーズで働いていたのですが、実に語学が堪能で、カンヌでは名物司会者でした。

無声映画は増殖する

柳下:映画評論家として、幻の映画が発見されて何か評価が変わってしまったというご経験はおありですか?

村川:評価が変わってしまったというか、さきほど上映された『雄呂血』ね、私が大学で学生にみせるビデオはあんなに綺麗じゃないの!今度からは画質のいいバージョンを上映したいです。

私は映画史を教えていますが、学生には映画の原点として無声映画の持つ初々しさやエッセンスを学んでほしい。だから無声映画を現代映画と考えなさいと伝えています。最近の学生はほとんど映画を見ませんけど、でも無声映画は面白いって言いますよ。人気があります。なにしろ映像表現の宝庫ですから……

柳下:「宝庫」というと、具体的には?

村川:例えば私は1980年代からニューヨーク映画祭に参加し始めて、林海象監督の『夢見るように眠りたい』(映像探偵社 1986)を出品したこともありました。あの作品のようなアイディアね。

柳下:林監督のデビュー作で、無声映画ですね。確か松田春翠さんも出演されています。

村川:研究者としては無声映画という枠におさめて、カテゴリーに分けて考えるべきかもしれませんが、授業で使う『メトロポリス』も……

柳下:ドイツのフリッツ・ラング監督による1927年の作品。

村川:そう、『メトロポリス』も以前は淀川長治さん監修の撰集に入っていたバージョンを教材として使っていました。ところが2008年頃に新たに発見されて、復元に関する特典映像付のBDが2010年頃に出ましたね〔150分〕。淀川さんの時代と比較すると40分長くなったでしょう?

メトロポリスのポスター

メトロポリスのポスター(wikimedia)

常石:『メトロポリス』の場合、世界中に散らばったあらゆる残存素材を持ち寄ってドイツでデジタル最長版が作成されたのが2000年のことで、当時は修復用のプログラムも未熟でしたから、たいへんなトラブルを経てやっと完成したと思ったら、数年後にアルゼンチンでほぼ完全版の16mmが見つかりました。

大掛かりな作業が終わるとすぐに別の素材が見つかるというのはどういうわけかセオリーのようになっていて、似たような事例をいくつも聞いています。無声映画は増殖する、というわけです*4

2014年に私の所属先とNFCで交換上映をしたとき〔シネマの冒険 闇と音楽 2014 フィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション〕、ドイツ映画の大作『喜びなき街』(1925)を1回だけ弁士の坂本頼光さんの説明付きで上映しました。参照用として私の所属先から発売しているDVDを事前にお送りしていたのですが、いざ上映してみたらDVDよりもはるかに長くなっている!上映した版はミュンヘン映画博物館と共同で復元したものなのですが、これはミュンヘン映画博物館のシュテファン・ドレスラー館長のライフワークのようなもので、ちょこちょこどこからか新しい素材を見つけてきては、どんどん長くしていたらしいのです。

DVDに沿って完璧に準備してくださっていた坂本さんには本当に申し訳ないことをしました。

柳下:進化するというか、全貌がどんどん明らかになっていくのは面白いですね。

『メトロポリス』はピアノ用のスコアが残っていて、それをオーケストラ用にアレンジした楽曲と共に上映されたこともありましたが、私は2000年のデジタル復元版の音楽をアール・ゾイ(ド)が担当してツアーをしていたとき、音楽を忘れるほど画面に釘付けになりました。

村川:そうやって新しいテクノロジーを使って、現代映画として無声映画を体験したいものです。

柳下:無声映画の現代性ということに関して、松戸さんはいかがでしょう。

松戸:端的な例は学校上映の子どもたちの反応かと思います。子どもたちは古いとか新しいとか、歴史的にどうとか、そんなことで映画を見ませんよね。面白いか、つまらないかです。

柳下:弁士や楽士がその場にいるのは、まさにライブ。かつては、それが映画だったわけで……

松戸:そうですね。

柳下:私は子ども向けワークショップで、練習でデジタル素材を使って、本番でフィルム上映に切り替えたことがありました。するとフィルム上映になった途端、子どもたちの食いつきが違ってきたんです。フィルム独特の質感の魅力もあるのでしょうか。

松戸:上映会のあとで子どもたちの絵日記のようなものを送ってくださることがあります。中には映写機を選んで描くお子さんもいらっしゃいますよ。デジタル時代になって、映画フィルムそのものを見ることは滅多にないでしょう。

柳下:松戸さんは16mm映写機を会場に持ち込んで、ご自分で映写されることもありますね。

松戸:ええ。不思議なもので、以前は映写室があるほうが上映環境も当然いいと思っていました。でも最近はむしろ目に見えるところ、モーターの音が聞こえるところに映写機があると、「わあ!今日はフィルム上映ですか、豪華ですねえ」とおっしゃっていただける。そういった変化を実感しています。

常石:個人的なことですが、家にちいさい子どもがいるので、誕生日パーティでは私たちも16mm映写機を使って上映しています。

柳下:まあ贅沢!

常石:そうすると「何だ、これ?」と映写機にはりついている子が必ずいますね。そういった反応を見るのは面白いです。

柳下:常石さんはNFCにいらした頃、パテベビーのデジタル復元をオランダのハーゲフィルムに発注されましたね。その経緯を教えていただけますか。

常石:実は数ヶ月前にハーゲフィルムを訪れる機会がありまして、あの頃の復元作業に使ったオックスベリーという改造プリンターを久しぶりに目にして、当時を懐かしく思い出していたところです。22mm、17.5mm、9.5mmといった特殊な形状に合わせた特製のウェットゲートも今も現役でスタンバイしていました*5

「宇賀山コレクション」は私がNFCに入る直前、すでに育映社という都内の現像所でアナログ復元されていました*6。そこにはパテベビーの映写機と35mmの撮影機を向かい合わせにした社内開発のプリンターがあって、元のフィルムの状態もちっとも悪くなかったので、仕上がりにもまあ満足していました。それが当時としては唯一の選択肢でしたから。

ただ、2002年に「寺澤コレクション」の中から発見された伊藤大輔監督の『斬人斬馬剣』のパテベビー版については、その方法では芳しい成果が得られませんでした。

先ほどのお話にもありましたように、激しいチャンバラ場面のある時代劇ですから頻繁に映写されたのでしょうか、ひどく傷んでいまして。これをどうにかできないものかと考えていたちょうどその頃、ポルデノーネ無声映画祭で22mmという珍しいフィルムのデジタル復元版を目にしました。パテ社の妨害でヨーロッパでは普及せず、短命に終わったエジソン社の規格です。それがまさにハーゲフィルムの仕事だったわけです。

ポルデノーネからの帰国便はアムステルダム経由でトランジットに6時間もあったので、これ幸いとハーゲフィルムを訪問しました。そこで値段も聞いてきまして、ちょうどいいタイミングで予算がついて『斬人斬馬剣』のデジタル復元を発注することになりました。

また、翌2003年は 小津監督の生誕百年ということで松竹株式会社が大規模なキャンペーンを展開されていましたので、『和製喧嘩友達』はその目玉の一つとしてハーゲフィルムで復元し直しました。

柳下:パテベビーといえば、松戸さんはイマジカに映写機を貸したことがあるそうですね。

松戸:それこそ30年以上前、常石さんのお話にあったような復元は日本ではまだ不可能だった時代の話です。

父が第一回東京都文化賞〔1985年〕を受賞した賞金で『漕艇王』(日活大将軍 1927)や『撃滅』(日活太秦 1930)の9.5mmを複製しましたね。慶應大学の空手部の創始者の型を撮影した9.5mmをご覧になりたいと、OBの皆さんから頼まれたこともありました。

当時はブローアップ復元ではなく、かろうじて動くパテベビーの映写機をイマジカ――当時まだ東洋現像所という社名でした――にお貸しして、スクリーンに映写したのを撮影するという手法でした。明るく映写するためにランプの光量を上げたので、映写機が触れないほど熱くなってしまって……。

柳下:フィルムが溶けてしまいますね!

松戸:パテベビーはまだ残っているのですが、ほとんど手付かずの状態です。

柳下:資金的なお話もうかがいたいのですけど、マツダ映画社では、自社でどうにかされてきたのですよね。

松戸:ナイトレート・フィルムの不燃化ですとか、9.5mmのブローアップですとか、上映できるようにするための作業は、まあそうですね。十分な資金がないので本当は35mmにしたいけど16mmにする、といったこともありました。

柳下:何か海外事例があれば、常石さんにもお教えいただきたいです。

常石:なにしろ復元にはお金が…… というかマンパワーが必要でして、私たちがよくやっているのはテレビ放映を復元の出口の一つに設定し、そこからの収益で費用の一部をまかなうことです。

それから昨年は初のクラウドファンディングにも挑戦しました。昨日のセッションによると、日本でも松竹大谷図書館の運営や小津監督のカラー作品の復元など、多くの成功例があるようですが、ここで私の経験した事例を紹介させてください。

『Die Stadt ohne Juden(ユダヤ人のいない街)』(1924)は、反ユダヤ主義に対抗する傾向のある、つまり倫理的に正しい作品なのですが、シナゴーグの描写やユダヤ人に対して酷い仕打ちをする場面は意図的に削除されていました。この作品の大切な場面を含む別バージョンのフィルムが、フランスの蚤の市で発見されました。

このクラウドファンディングの目標値は75,000ユーロ(約1千万円)と、かなり強気な設定でした。成立しないと何ももらえないので、私は「金額をもう少し下げようよ」とさかんに言ったのですけど、国内にとどまらず世界中から大きな支援を得まして、あれよあれよという間に達成してしまいました。

特典は色々と用意しましたが、印象深かったのは450ユーロ、つまり日本円で約6万円のオプションに6人もの申し込みがあったことです。特典は復元実習でした。

アイデンティファイ(同定/識別)できていないナイトレート・フィルムは職場にいくらでも転がっているので、米国のジョージ・イーストマン博物館にあるセルズニック・スクール〔映画保存の専門学校〕の真似をして、一人1分程度の長さのフィルムをお渡しし、クリーニング、スキャン、デジタル修復、グレーディングを体験していただき、結果をDVDにしてお持ち帰りいただくという内容です。

なかなか手のかかる作業で、1日2人が限度ですから、丸3日費やしました。果たしてペイしたのか微妙なところですが、それでも6万円は個人で負担するには勇気のいる額ですよね。私でも躊躇してしまうと思います。

それで、どうして申し込んだのかランチの時間に――ランチもご用意したのですけど――お尋ねしたところ、私の予想に反して、「ユダヤ人コミュニティの支援」という人はいらっしゃらない。そうではなくて、「新しく映画フィルムが出てきたのに復元されないのはよくない」「100ユーロか450ユーロか迷ったけど、復元のワークフローを体験してみたかったから450ユーロにした」というようなことで…… これには、とても感動しました。

柳下:自分だけのお土産は宝物になりますね。ちなみにそのDVDは上映できるのでしょうか。

常石:作品が何かわからないので皆で協力してアイデンティファイしましょう、という趣旨ですから、上映してもらって構いません。SNSで発信していただけるなら、それも素敵なことです。

柳下:素晴しい……!

常石:無声映画の上映は、一つには伝統を大事にするという側面がありますが、もう一つ、村川先生のお話にもありましたように現代的な見せ方、つまり格好良く見せていこうとする側面もあると思います。無声映画には音を加えるのがデフォルトなわけで、大きな可能性を秘めた本当に稀有なメディアです。

個人の趣味や好き嫌いはともあれ、現代音楽と合わせるとか、パーカッションだけとか、DJを呼ぶとか、世界中で様々な試みがある中、私の職場も「シネマ・セッションズ」というシリーズを設けています。作品自体はそれほど面白くなくても構わない、むしろ音楽先行の企画でして、思いがけないお客さんとの新たな出会いをもたらしてくれています。

E・A・デュポン監督の『ヴァリエテ』(1925)の復元版が2015年のベルリン国際映画祭のクラシック部門でプレミア上映されたときは、英国のタイガーリリーズ(The Tiger Lillies)というバンドが演奏を担当しました。その一部をご覧いただけますでしょうか。

上映『ヴァリエテ』抜粋 3分

村川:ブロードウェイのミュージカルを思い起こしました。まさに現代的な魅力ですね。

常石:はじめはクレズマーというのか、イディッシュ音楽風ですね。いまお見せした場面は私もすごくいいと思います。でも途中でヴォーカルが喋りだすようなところもあって、個人的には受け入れ難いところもありました。

柳下:まさに音楽先行の事例ですね。昨日参加されていた七里圭監督も、音楽から先に映画を作るというプロジェクト〔「音から作る映画」〕を立ち上げておられるようです。考え方は様々ですが、すでに完成している無声映画の場合、音楽も一緒に作っていくのは難しい…… 私は画面を楽譜と思って、むしろ黒子のように埋没するような演奏を心がけています。

常石:今夜の上映会では結末部分のみですが、この『ヴァリエテ』を柳下さんの演奏でご覧いただけます。

柳下:もし上映会まで残ってご覧になる方がいらっしゃいましたら、まったく違った演奏でこの『ヴァリエテ』をお届けしますので、どうぞご期待ください。

セッションは以上です。長い時間ありがとうございました。

2017年8月27日(日)10:10-11:45
国立大学法人 電気通信大学B棟202教室にて

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*3:国立映画アーカイブによると、日本の無声映画の残存率(収蔵率)は1910年代が0.2%、1920年代が4.1%、1930年代が11.7%となっている。

*4:マルティン・ケルバー「増幅する『メトロポリス』に関するノート」(訳・矢田聡)http://filmpres.org/preservation/metropolis/

*5:特殊な溶剤にフィルムを浸してプリントすることで傷を目立たなくする機構のこと。

*6:育映社は2006年に現像場を閉鎖した。

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