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サンチャイさんに聞く タイの映画保存とアート・シネマの現在

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サンチャイさんに聞く タイ映画保存の現在とタイ・アート・シネマの現状

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映画研究者の中村紀彦さんは、2017年11月3日から一ヶ月ほどタイ・バンコク郊外のサラヤにあるフィルムアーカイブに通い、タイ映画およびアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の調査研究をされました。その際、あらゆる申請許可や調査の補助をおこなってくれたのが、副館長のサンチャイ・チョーティロットセラニー(Sanchai Chotirosseranee)さんです。本稿は、中村さんによるサンチャイさんのインタビュー。前半はタイ・フィルム・アーカイブの主な活動やその役割について、後半はアピチャッポンやタイのアート・シネマとフィルムアーカイブとの関係へと話題が移ります。フィルムアーカイブ活動やタイ映画の現状について、サンチャイさんが平易な言葉で解説してくれる貴重な内容になっています。

>> フィルムアーカイブ(公共機構)公式ウェブサイト Film Archive (Public Organization)

サンチャイさんとタイ・フィルム・アーカイブの仕事

──サンチャイさんが映画のアーカイブに携わることになったきっかけを教えてください。

サンチャイ・チョーティロットセラニーさん

サンチャイ・チョーティロットセラニーさん

わたしはタイ映画財団に勤めていました。以前、この財団はNGO、つまり非政府組織でした。当時のわたしたちの仕事は、タイ・フィルム・アーカイブ(以下TFA)のサポートだったのです。くわえてその頃のTFAはきわめて小さな政府組織でしたので、多くの援助が必要でした。そのため、タイ映画財団はTFAを支援する仕事をおこないました。そしてTFAが公共機関に変更された後、より多くの予算を得たので、より多くの人々を雇うことができました。こうしてTFAのディレクターであるドーム・スックウォンが、わたしにもここで働くように声をかけてくれたわけです。

──サンチャイさんは副館長として、主にフィルム・アーカイブではどのような仕事に取り組んでいますか。

わたしの主な責務は管理と運営の統括をすることです。たとえば資金調達、会計、予算管理、プランニングなどです。わたしたちは他にも映画上映のプログラミング、イヴェント活動、映画による教育プログラムを担当していますから、わたしはそうした仕事をおこなうスタッフたちの統括をしています。

──サンチャイさんやスタッフの皆さんはTFAで映画による教育的プログラムをどのように遂行してきたのでしょうか。

わたしたちスタッフは、数多くの映画教育プログラムを担っています。まず、タイ映画についての学術論文をサポートします。お分かりのように、映画の論文や学位論文を大学が援助するようなものです。学生を支援し、彼らに資金援助をおこない、財政資金を維持していきます。さらには国内で映画祭を毎年開催しています。また、マスタークラスという講演をいくつか企画し、さまざまな映画関係者をゲストに迎えています。あなたが持っている書籍『ชั้นครู 1 ตัวตนโดยตัวงาน อภิชาติพงศ์ วีระเศรษฐกุล』(Master Class 1: Originality in works: Apichatpong Weerasethakul, 2013)も、わたしたちが出版したものですね。さらにいえば、スクールシネマというプロジェクトもあります。学生たちをTFAに招待して映画を鑑賞してもらい、その作品について議論をしてもらうのです。そうすることで、映画研究への関心、映画リテラシーを育むのです。最後になりますが、一週間にいちど、タイ映画史コースを短期的に開講しています。以上が、わたしたちの組織する映画教育プログラムです。

Santi-Vinaの復元

──貴館の素晴らしい仕事は、とりわけ日本での評判や最近の活動での象徴的な出来事としてよく耳にします。とくに、1954年に制作された傑作Santi-Vina(邦題『サンティとウィーナー』、2017年度福岡国際映画祭アジアフォーカスで公開)の復元と保存、そして2016年のカンヌ国際映画祭のカンヌ・クラシック部門での本作品上映についてです。カンヌ国際映画祭の上映に向けてはどのようなアプローチをとったのですか。

わたしが映画祭に本作品を提出し、そして選出されたのです。実際の手順を説明すると、まず『ブンミおじさんの森』(Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives, 2010)でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを獲得したアピチャッポン・ウィーラセタクンに、映画祭への作品提出について尋ねました。彼はカンヌ・クラシックの担当者にわたしを紹介してくれたのです。

──観客からの反応はいかがでしたか。

とても良かったですね。カンヌ・クラシックは大きなプログラムではないので、150人から200人ほどの観客だったと思います。一部の観客にはかなり熱狂的な人々もいました。彼らは色を愛し、復元された作品を愛していたのです。観客のなかにはかつての TVドラマのような少し安っぽい雰囲気を好む人もいましたよ、いわば本作品をメロドラマとして観たということでしょうか。

──メロドラマですか。

そうです、これはもちろん観客の反応のひとつとしてあったということです。本作品の上映はカンヌで一度だけでしたね。残念ながら、わたしはこの作品の上映に立ち会えなかったのです。

──サンチャイさんの論文「Santi-Vinaを探して」(“Finding Santi-Vina,” Journal of Film Preservation, 2017, pp. 107-112.)には、フィルム・アーカイブが本作品の発見や復元作業にどれだけの時間と労力を費やしたかについて緻密に書かれており、たいへん興味深く読みました。

そうですね、フィルム材料を探し出すために数年、修復作業に9ヶ月かかりました。論文に書いた通り、Santi-Vinaが発見されるまでは、映画に詳しいタイ人でさえほとんどの人がこの作品を観ておらず、わずかな鑑賞者の記憶しか情報は流通していませんでした。ましてや国内にオリジナルも存在しない。本作品のフィルムの存在は、イギリスの英国映画協会(BFI)、ロシアのゴスフィルモフォンド、そして中国電影資料館の協力を経て明らかになりました。こうしてTFAはSanti-Vinaの修復作業に約1700時間を費やしたわけです。

──わたしがその映画を見たとき、そのすばらしい魅力を実感しました。ところで本作品もまた、かつてはシーンが欠落した状態で発見されたと聞いています。タイ映画のこうした傑作の多くは、オリジナルが失われているか、不完全版な状態にまだあるのでしょうか。もしそうなら、タイ映画はなぜこのような状況になったのでしょうか。

いまだに多くのタイ映画が失われたままです。タイ国内には映画の現像所が当時はなかったので、ポスト・プロダクションの作業を行うために香港や日本へと送る必要がありました。そしてラボがどんどん閉鎖され失われてゆき、送りだしたフィルムは戻ってこなかったし、残念ながらTFAの活動はそうした状況下で続けられていました。ここは30年前に設立されたフィルム・アーカイブの機関です。タイのフィルム・アーカイブは1984年に始まりました。わたしたちが所持するもっとも古いタイ映画は1927年のものです。最初のタイ映画を手に入れたのは、制作されてからおよそ70年後ということになります。今となっては、すべての映画を集めることは不可能なのです。

──デジタル時代においては、映画を救済して復元することにどのような困難があると思われますか?

デジタルによる保存は、技術の発展する速さのためにつねに困難なもので、わたしたちはすばやく追いつかねばなりません。わたしたちはデジタルによる保存を覚えて理解する必要があるのですが、わたしたちの限られた財源ではきわめて困難なのです。たとえば富士フイルムが映画フィルムの製造を停止したように、現在ではフィルムの保存もきわめて困難となりました。

しかしながら、フィルムの品質や保存は、デジタルよりも信頼できると確信しています。良い状態でフィルムを保存すれば、それは100年以上ものあいだ保存が可能であることは保証されますが、デジタルは実際のところわかっていません。現在はフィルムをフィルムのままで保存する方法に頼っています。わたしたちはフィルムのストック〔生フィルム〕が必要ですから、フィルムを生産する会社もまた必要です。ですが、技術の変化によって、フィルムを現像するラボもまたひとつずつ閉鎖されています。

「映画は啓蒙する」:映画上映の重要性

──TFAは、さまざまなタイ映画を保持しています。さらに、映画作品の保存と保管と同じくらい上映にも情熱を注いでおられると感じました。フィルム・アーカイブ機関としての役割において、上映の意義はどのような点にありますか。

映画の保存とは、復元や保護だけではありません。映画の上映が非常に重要だと信じる理由は、成果を公表し、人々が映画に出会う機会を設けることができるからです。上映は、わたしたちがやっていることを証明する方法なのです。なぜわたしたちがSanti-Vinaを見つける必要があるのか、その映画を観るまで人々は分からないわけです。なぜ映画を保存する必要があるのか、なぜ映画を復元する必要があるのかということも同様です。映画の上映はきわめて、きわめて美しいことです。映画の保存にとって真に重要なプロセスなのです。

──TFAについて知ったきっかけは、貴館が持っている YouTubeのアカウントでした。そのチャンネルでは貴重な映像がアップロードされていましたね。

YouTubeチャンネルはわたしたちが一般に公開する方法のひとつです。映画を人々に知らせるためには、映画の保存、上映、提供が欠かせません。そこには国際映画祭の運営および協力、国内での映画上映に積極的な参加をおこなうなど、幅広い活動が含まれます。

>> YouTubeチャンネル Film Archive Thailand

──こうしたフィルムを発表して周知する活動こそ、貴館が掲げている「映画は啓蒙する Cinema enlightens」につながっているのですね。たとえば重要なニュースクリップ、ホームムービー、名もなき映画制作者や一般人の撮影したビデオやテレビ番組はどのように対処してきたのでしょうか。あるいは、どのようにそれらを扱うのでしょうか。

現在、わたしたちはホームムービーを収集する作業に従事しています。名もなき映画制作者のビデオはいくつか収集の対象になっていますが、テレビ番組やニュースクリップにまで作業を拡張してはいません。彼らにはメディア・モニターと呼ばれるれっきとした放送組織があります。しかも35のデジタルTVチャンネルがタイ国内にあるわけです。わたしたちの限られた予算では優先順位を付ける必要があるので、やはり映画のプリントが最優先となります。将来、わたしたちの組織がもっと大きくなると、おそらく可能になることでしょう。ですが、まだわたしたちの出番ではないですね。

アピチャッポンをタイ映画史に接続する

タイ映画博物館の建物

タイ映画博物館の建物

──先日、タイ映画博物館に行きました。タイ映画博物館は、このTFAの敷地内の中央に建てられています。タイの映画史の起源から学ぶこともできるその場所に、わたしはとても興奮しました。とくにアピチャッポン・ウィーラセタクンの小さなブースがあることにたいへん驚きました。彼はタイの映画史に彼をどのように位置付けるべきなのでしょうか。

アピチャッポンは間違いなくタイ映画界の主要人物のひとりです。『ブンミおじさんの森』はカンヌ国際映画祭で最も権威ある賞のパルム・ドールを獲得したタイ映画史上初の映画作品です。彼の諸作品は 世界中の映画館で上映されており、もちろん彼の映画は抜群に良いと思っています。アピチャッポンはタイ映画を国際的に認めさせた最新の人物でもあるので、タイ映画博物館のブースでは国際的な観点から彼をタイ映画制作の先駆者として紹介しているのです。わたしたちにとっても、彼は映画史のなかでタイ映画制作者の中心人物のひとりとして位置付けられています。アピチャッポンの名に言及することなく、タイ映画史を学ぶことはけっしてできません。

──ここから質問の内容をアピチャッポンについてだけでなく、彼をとりまくタイのアート・シネマに移りたいと思います。タイのアート・シネマとTFAとの密接な関係を教えていただけますか。

とても良い関係を紡いでいますね。それはスタッフ個々の関係によっても明らかです。わたしはここで働く以前からアピチャッポンと親交がありましたし、彼はTFAのディレクターであるドーム・スックウォンととても良い関係でしたね。過去にわたしたちのもとを訪ねてくれた彼のおかげで、タイのアート・シネマとTFAはかなり関係を深めてきたと言えます。

先ほど述べたように、わたしたちはあらゆるタイ映画を集めるわけですから、タイのアート・シネマもきわめて重要です。そのため、タイのアート・シネマと主流の映画との密接な関係を保つ必要があります。わたしたちは映画制作の将来を見据え、保存した作品を公開しようとしています。次世代のために保存すれば、それらは今後きわめて良い状況かつ理想的なかたちで用いられることでしょう。これこそわたしたちが提案していることです。つまり、タイの主流映画とタイのアート・シネマのどちらかだけを扱うことはしなかったのです。

──アピチャッポンはタイのアート・シネマに興味を持つ人々にとってきわめて影響力のある人だとわたしも聞いています。しかし、タイの一般国民は、タイのアート・シネマやアピチャッポンにあまり関心がありません。こうしたアーティストたちが映画館での上映やギャラリーでの展示の機会に恵まれないという事実は、彼らがさまざまな理由で不利な立場にあるからでしょうか。

はい、タイのアート・シネマやアピチャッポンが一般的に普及していない理由はたくさんあります。それらは限られたコミュニティ、限られた鑑賞者だけに人気があるとわたしは思います。限られた上映場所、上映される価値観の相違もまた要因のひとつです。映画館は、アート・シネマを上映し、公平に扱う場所としてあまり機能してはいません。もうひとつの理由は、どのようにアピチャッポンの映画にアプローチするのか、一般国民が知らないということです。彼らはアピチャッポンの映画を観ても、理解しない。これこそ彼らがタイのアート・シネマを拒否する理由のひとつです。人々はそうした映画が何を言おうとしているのかが分からないのです。

カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門賞を獲得したアピチャッポンの『ブリスフリー・ユアーズ』 (Blissfully Yours, 2002)もまた、映画を普段から見に行くような人たちに見せたわけですが、彼らは 「これはなんだ?」と感じるわけです。そして今度は、彼らが列をなして『トロピカル・マラディ』 (Tropical Malady, 2004)のチケットを手に入れようとします。そしてまた「なんじゃこりゃ?」とつぶやく。ですから、主流の観客がつねに理解できる映画というのは、ストーリーを容易に追うことができる作品です。彼らはまずもってストーリーが何であるかを知りたい。そして目の前の現象が何であるか、そして映画が何を言おうとしているのかを率直に知りたいというのが本心だと思います。

上映後のQ&Aセッションで多くの人が映画について述べることですから、こうした好みの傾向はたしかに存在します。そしておそらく一部の人々は、アーティストがいかに芸術的な方策に取り組んでいるかを学ぶことも、物語よりも芸術的な方法に注意を向けることもありません。わたしにとっては、劇場上映だけでなく、観客の好みを向上させるために教育方法を開発する必要があるということです。彼らが芸術を愛しているなら、彼らはアピチャッポンの映画を愛するでしょうし、アート・シネマを愛するでしょう。そうでなければ、アート・シネマを認めさせるのは困難ですね。

──たいへん興味深いお話です。

ええ、そうした事態を改善するために、時間をかけなければならないでしょう。つまり、映画についての観客の趣味を向上させなければならないということです。現実的に不可能だと知っていたとしても、いつか変革する日が必ず来ます。わたしたちが率先せねばなりません。そして、観客がタイ映画に接近する方法を考え、彼らに「ああ、これこそわたしたちが映画を見なければならない理由なんだ」と気づかせる方法を用意せねばなりません。観客だけでなく、映画批評家、大学で映画について教鞭を執る研究者、映画制作者が協力してすべての部分を改善する必要があります。観客の好みの開発とはそういうことなのかもしれません。

──ということは、アピチャッポンが国際的には知名度が高く賞賛されている傾向にあるにもかかわらず、タイ国内ではほとんど認知されていないという問題も、その点で解決できるということでしょうか。

はい、同様の問題だと思います。先ほど述べたアート・シネマに関心のある人々と協働して、アート・シネマやアピチャッポン作品を展開するためのプラットフォームを開発する必要があると思っています。観客たちは「なぜアート・ シネマが重要なのか」を理解する必要があります。インディペンデント映画は、創造力の結晶です。インディペンデント映画の制作者であれば莫大な投資や予算がなくても創造性を発揮できます。かつてのクエンティン・タランティーノの例を見てみると……

──『レザボア・ドッグス』(Reservoir Dogs, 1993)ですね。

そうです。タイにおいては、タランティーノ作品のなかだとあまり普及していない作品かもしれませんが、編集に使用したテクニックや映画言語は主流の映画とじつに異なっていました。しかし今日では一般的なテクニックとなりましたね。映画技術は創造性のために発展しており、映画産業全体が創造力によって推進されています。アート・シネマあるいはインディペンデント映画にとって、創造性はもちろん重要ですが、主流の映画では興行収入を生み出すことがより重要で、かつ観客たちが愛する映画が必要とされます。観客が従う映画が必要なのです。これは主流の映画とアート・シネマあるいはインディペンデント映画の違いだと認識しています。わたしにとってアート・シネマの作品を宣伝することは、それが芸術以上のものと信じるすべての人にとって重要な義務です。

主流のタイ映画とインディペンデントをつなぐ

──ところで一昨日、バンコクの映画館でナワポン・タムロンラタナリット監督の『ダイ・トゥモロー』(Die Tomorrow, 2017)を鑑賞しました。劇場内は観客でいっぱいでしたね。

非常に良い例ですね。ナワポンはほんとうに良いファン層を得ました。彼はタイの若者たち、いやタイ人にとってきわめて影響力のある人です。彼は幾つかのすぐれた脚本を手がけたのち、自身で短編映画を作り始めました。そして、長編映画第1作『36のシーン』(36, 2012)に着手したわけです。本作品はTwitterのつぶやきから着想を得たストーリーを用いたシンプルな構成の映画でしたが、彼はそこで映画宣伝のためにTwitter などのソーシャルメディアを積極的に利用したことで話題を呼びました。しかもとても成功していますね。彼はまた、この作品で釡山国際映画祭で賞を獲得しています。次作の『マリー・イズ・ハッピー』(Mary is Happy, Mary is Happy, 2013)も成功した映画だといえますね。

──ナワポンはタイのアート・シネマ的な文脈だけでなく、観客たちが「何を観たいか」を的確に予測する能力も兼ね備えているので、とてもバランスの良い映画作家だと感じました。

とりわけ、喜劇性を基調とした彼のCM映像作品でその卓越したテクニックを垣間見ることができます。これは創造性をうまく作品内で発揮できる理由です。彼は『フリーランス』(Freelance, 2015)と呼ばれる、大規模な予算の主流映画を見事に作りあげたのです。彼のスタイルの重要性は洗練された編集技法でもなく、アクションでもなく、何よりストーリーなのです。わたしは彼を非常に才能があると思っています。彼はインディペンデントと主流とのあいだの橋渡しとなるでしょう。人々が彼の映画を楽しむことを願っています。

『ダイ・トゥモロー』が彼のベストとは思えませんが、彼の作品が観客に好評だとあらためて認識できることはとても嬉しいです。彼に1000万人の観客数を得てほしいとは思っていません。おそらく彼のファンは200万から300万人ほどには膨れ上がるかもしれませんが、それでもタイのインディペンデント映画にとってはきわめて重要な意味をもちます。

──それでは最後の質問になります。TFAで進行中の最新のプロジェクトを少し教えていただけますか。

わたしたちの後ろで建築中の巨大なビルに、現在の本部が移行するプロジェクトが進行中です。この建物が来年に完成することを願っています。ほんとうに大きなプロジェクトですので、応援してもらえたらと思います。

──皆さんの成功を日本からお祈りしています。どうもありがとうございました。

2017年11月27日、サラヤのフィルムアーカイブ(公共機構)にて
聞き手:中村紀彦

中村紀彦:1991年生まれ。神戸大学大学院人文学研究科博士後期課程D2。映像/アピチャッポン・ウィーラセタクン研究。共著に『アピチャッポン・ウィーラセタクン:光と記憶のアーティスト』(フィルム・アート社、2016)。『美術手帖』2017年5月号に短評を寄稿、また「美術手帖web」ではアピチャッポンとのロング・インタビューを掲載(https://bijutsutecho.com/interview/5367/)。
連絡先:remakingspiderman(a)gmail.com

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