TOP > 映画保存とは > 第10回オーファンフィルム・シンポジウム報告
1999年に始まったオーファンフィルム・シンポジウム(以下「オーファンズ」)は、数多ある映画保存関連の国際イベントの中で最も人気を集めています。過去に第7回(ニューヨーク)と第9回(アムステルダム)に参加しただけの筆者は「オーファニスト」とは名乗れませんが、2017年3月にようやく3度目の参加を果たしましたので、ここにご報告します。オーファンズの魅力をうまくお伝えできるといいのですが。
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シネマテークフランセーズでは日本関連企画で弘子ゴヴァース氏のご遺族や水谷浩氏寄贈資料が展示されていた。
第5回世界の全ての記憶、満員札止の『バーフライ』(1987)上映+選者ウェス・アンダーソンのトークを聴いた。
オーファンズ参加者には映画祭のフリーパスも配布されていたのですが、諸般の事情で映画祭には思うように参加できず、詳しい報告は省きます。ただしオーファンズについては全セッションに出席しました。
初日の朝一番の上映は、サウスカロライナ大学図書館の動的映像リサーチ・コレクション(MIRC)より、FOXムービートーンニュースのアウトテイク。撮影地は1925年のパリ。本編に使用されなかった影の部分なだけに、観光向けの風景とは異なり、蚤の市をたむろする貧しい階層の人々、川べりで写生するさえない絵描きさんたちの背中、カメラを凝視するストリートチルドレンの澄んだ瞳、といったリアルで逞しさあふれるフッテージを堪能しました。
サウスカロライナ大学図書館MIRCについて若干補足します。MIRCは1920-1940年代にかけての、つまりサイレントからトーキーにまたがるFOXムービートーンニュース1千万フィートを所蔵し、デジタル化およびウェブ公開のプロジェクトを進めています。詳しくは以下のウェブサイトをご覧になってください。
>> サウスカロライナ大学図書館 動的映像リサーチ・コレクション(MIRC)
アムステルダムのオーファンズでは確か、ジョセフィン・ベイカーのオランダ訪問のニュース映画が冒頭で上映されたはず。ご当地映画でご挨拶、という趣向で盛り上げて、パリのオーファンズの幕が開きました。
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オープニングに続く最初のセッションのテーマは「プレシネマ」。1920年代のパリを記録したFOXニュースへの返礼としてシネマテークフランセーズ所蔵の珍しい米国のフッテージ、キネトスコープ用フィルムに手彩色を施した Bar Room Scene(1894)が上映されました。キネトスコープの時代からカラー版があったとは(!)。
続いてニューヨーク大学から、同じく1894年の「フレッド・オットのくしゃみ」研究の最新報告。フレッド・オットはディクソンの同僚、つまりエジソンの助手の一人で、いくつかの作品に「出演」もしました。近年UCLAで発見された出演作は、なんと家庭用に販売されていた8mmフィルムのコンピレーションの1本だったそうです。インタータイトルに記載されていたオットの名が目録化されていたからこそ、検索で引っかかったのだとか。8mmフィルム侮りがたし…… このフィルムの中でオットは赤ちゃんフクロウを小脇に抱えて穏やかに微笑んでいます。
エティエンヌ=ジュール・マレーのフィルムがあしらわれたオーファンズ10のポスター。
今回オーファンズで上映されたあらゆる復元版の中で、画質が最も美しく鮮明に感じられたのが、撮影年の最も古いこのマレーのナイトレートフィルムでした。デジタル化の恩恵を受けてプレシネマの数々がにわかに動く映像として再現され始め、プレシネマと初期映画の区別がつかないことも度々です。
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余談ながら、パリ滞在中にかまやつひろし氏の訃報が届きました。「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」の中で、「君はたとえそれがすごく小さな事でも何かにこったり狂ったりした事があるかい」とムッシュは問いかけますが、初日の発表者はまさに何かにこったり狂ったり、予想以上にマニアックな研究成果をしることができました。「プレシネマ」の次のセッションは、主に1910年代の「医学映画」。ニューヨーク大学から「結合双生児(シャム双生児)」の分離手術の記録が上映されました。
パリの街角、かつてボレスワフ・マトゥシェフスキの写真スタジオ「Benque」があったと思われる場所に行ってみた。
シネマテークフランセーズのアンリ・ラングロワ劇場にはピアノが常設されているようですが、オーファンズの会場となったジョルジュ・フランジュ劇場にはそれがなく、初日と二日目の無声映画のためにクラリネット/バスクラリネット奏者が招かれていました。わざわざ演奏があることを告知したりミュージシャンを紹介するような時間は設けられないのですが、とりわけ解釈が難しいと思われる上記のような医療記録にも、このミュージシャンはぴったり寄り添って、控えめながら的確な音を添えていました。
EYE映画博物館による実験映画に関する発表。
エクレール社を見学させてもらった。
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2日目、午前中のセッションは「無声映画」がテーマでした。
アベル・ガンス監督の未完の大作『エッケ・ホモ』のラッシュ。
続いて、デンマーク映画協会が紹介したのはベンヤミン(ベンジャミン)・クリステンセン監督の1920年頃の二重露光テストフィルム。そして、シネマテークフランセーズよりアンドレ・アントワーヌ監督 L’Hirondelle et la mésange(1920)の解説。『ツバメ号とシジュウカラ号』という題名に聞き覚えがあると思ったら、10年以上前の第24回ポルデノーネ無声映画で上映されていたのでした。6時間もあるこの作品は1924年にたった一度だけ上映され、1984年にアンリ・コルピが78分に再編集するまで長らく封印されていました。その後、オリジナル6時間版の復元が目指されることになったそうです。
このセッションの最後に、これまで何度も再編集されてきた『アタラント号』(1934)のアウトテイクが取り上げられました。本編は無声映画ではありませんが、2017年の国際映画祭でお披露目になる最新の復元版のため、徹底した『アタラント号』調査が行われる中で、音のない画だけのテイクが取り上げられました。
以上のように、著名な監督の作品が目白押しのセッションに圧倒されるばかりでした。
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ウィスコンシン映画演劇研究センターの発表。
旧ユーゴのチトー政権時代のニュース映画に関する映画監督ミラ・テュライリックの発表。
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サウスカロライナ大学図書館MIRC所蔵アマチュアフッテージより、1944年にイタリアに駐留した米兵の同定/識別。
さらにインディアナ大学図書館の動的映像アーカイブ(IULMIA)からは、AMIA会議でも上映された巨匠ジョン・フォードの1940年代のホームムービー。仲間を誘ってメキシコでドライブしたりカジキを釣ったり、楽しそうなフォード。紺碧の海にジョン・ウェインの日焼けした肌、そしていかにも映画スターらしい真っ白な歯! このフッテージはご遺族の許可が必要で、どこでも上映できるわけではないそうです。
8万点を超えるアイテムを所蔵し、2011年からFIAFにも加盟しているIULMIAは人手が足りず、10人以上の増員を計画中とのこと。IULMIAディレクターでFIAF実行委員としても活躍するレイチェル・ストルチェ氏の締めの一言には心を打たれました〔ストルチェ氏は現在CCAAA代表も務める〕。
「今日はこうしてセレブのホームムービーをお見せしましたが、どうか誤解しないでください。私は無名の誰かさんが撮影したホームムービも等しく重要だと思っていますし、ペットの猫ちゃんやお子さんのお誕生パーティーの記録についても、話せというなら何時間でも話し続けられるほど好きなんです」。
>> インディアナ大学図書館 動的映像アーカイブ(IULMIA)
それから、セッションとは別にデンマーク映画協会/ヨーロッパ・シネマテーク協会のトーマス・クリステンセン氏より「Project FORWARD」の成果報告がありました。詳しくは以下をご覧ください。
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最後のセッションはオーファンズ全体のテーマでもある「テスト、トライアル、実験」。再びポーランド国立フィルムアーカイブより、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の初期短編ドキュメンタリー Klaps(1976)のアウトテイク、そしてニューヨーク大学より、セネガル出身の映像作家/歴史家ポラン・ヴィエイラが1950年代にパリの高等映画学院の学生として制作した16mm作品が上映されました。後者はYouTubeでも視聴可能です。
アンソロジー・フィルムアーカイブズ所蔵、ベルベット・アンダーグラウンド初のマルチメディア・ショーのフライヤ。
音の実験フィルムに関するシネマテークフランセーズの発表。発表者セリーヌ・ルイヴォはFIAF技術委員会の代表。
マイルストンフィルムのシャーリー・クラークに関する発表。代表のデニス・ドロス氏はその後AMIA会長に選出された。
日本には残っていない類の、あまりに貴重な資料に魅了された一方、日本にも残っているけれどほとんど注目されていないような資料が大切に復元され、縦横に活用されている状況に、日本と米仏における映画の文化的な位置づけの違いを改めて思い知らされました。知らず知らず外れていってしまっている感覚を調律するためにも、またいつかオーファンズに参加したいものです。
なお、第11回オーファンズは米国に会場を戻し、2018年4月11日から14日まで、「愛」(ロマンス、メロドラマ、ポルノ、結婚式や新婚旅行のホームムービー、我が子への愛情、そして映画への「愛」)をテーマにミュージアム・オブ・ムービング・イメージにて開催されました。詳しくはオーファンフィルム・シンポジウムのウェブサイトをご覧ください。
初出:映画保存見聞録 第34-39回. メルマガFPS, 2017年3月(138号), 6月(139・140号), 7月(141号), 8月(142号), 9月(143号).
※第10回オーファンフィルム・シンポジウムの関連資料はすべて「映画保存資料室」に所蔵されています。
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